〈鎌倉十橋〉勝ノ橋

(〈かまくらじっきょう〉かつのはし)

徳川家康に愛されたお勝の方によって架けられた橋

鎌倉の裏駅(西口)を出て、市役所交差点を右折し歩くこと10分、寿福寺の門前にあります。現在は石碑のみとなっています。

エリア駅周辺・八幡宮
住 所鎌倉市扇ガ谷1-13-45付近(寿福寺門前)
アクセス「鎌倉駅」下車、徒歩10分

鎌倉十橋 勝ノ橋

正面奥は寿福寺、左手は鎌倉駅方面、右手は英勝寺、海蔵寺、化粧坂方面です。

徳川家康の側室で英勝寺の開基でもある勝の局によって架けられたため、勝ノ橋と呼ばれます。勝の局は江戸を開いた戦国時代の武将、太田道灌の子孫である太田康資の娘です。

寿福寺の門前にあり、現在は石碑が残るのみです。勝ノ橋の石碑の近くにある庚申塔には「川上 藤沢宿、川下 八幡前」と刻まれていました。

北鎌倉駅の円覚寺と反対側にある出口から大船方面に少し歩いたところにあります。かつてこのあたりに薬師堂と十王堂があったことから名付けられました。現在はどちらもなくなり、本尊の閻魔像は円覚寺にあります。

江戸時代の中期以降になって鎌倉は観光地として賑わうようになりました。それに伴って「七切通し」「五名水」などと名数によって名付けられることが増えました。その中のひとつが「鎌倉十橋」です。じっきょうと読みます。

現在の十橋はほとんどが何の変哲もないコンクリートの橋です。川が暗渠(あんきょ)となり形だけ残るものもあります。しかしながら、それぞれの橋には鎌倉の歴史や逸話が含まれています。それを少しでも知っておけば、鎌倉散策にあと少しの楽しみがプラスされることでしょう。

十橋の多くは鎌倉を代表する河川である滑川に架かっています。滑川は朝比奈峠を源流として十二所、浄明寺と下り、大御堂橋の上流で二階堂川と合流し、名越川、扇ガ谷川、などの小さな川を併せ、由比ケ浜に注ぐ全長約5.5kmの河川です。

地域ごとに別名で呼ばれることもあったようです。上流の胡桃川、大御堂橋の近く文覚上人屋敷跡の辺りを座禅川、本覚寺の夷堂では夷堂川、さらに下って墨売川、閻魔川などでした。

鎌倉十橋(じっきょう)は以下のとおりです。

〈鎌倉十橋〉

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