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長谷・腰越

鎌倉の長谷・腰越エリアにある史跡・名所を紹介します。
この辺りで青大将に出会いました。いい景色です。

葛原岡・大仏ハイキングコース

葛原岡・大仏ハイキングコースはJR「北鎌倉駅」から徒歩6分ほどの場所にある浄智寺脇の道を数分進んだところにあります。浄智寺までは日によって混むこともありますが、浄智寺の参道に入ってからは静かな道が続きます。

長楽寺跡。源頼朝の菩提を弔うために北条政子が建立しました。現在は鎌倉文学館となっています。

長楽寺跡

長楽寺跡。現在、鎌倉文学館となっている場所には、源頼朝の菩提を弔うために北条政子が建立した長楽寺という大寺院がありました。鎌倉文学館受付前に「長楽寺跡」の石碑が残されています。

主馬盛久(平盛久)頸座。六地蔵を曲り、長谷観音に向かって歩くと右手に見えてきます。

主馬盛久(平盛久)頸座

壇ノ浦の戦いに敗れて滅亡した平氏。平氏の武将であった平盛久は捕らえられ、鎌倉に護送されます。由比ケ浜で処刑される寸前、観音菩薩の奇跡がおこり盛久は源頼朝により助命されます。

由比ケ浜をのぞむ歌碑。長谷駅を降りたら海に向かってください。海岸線を走る国道134号線に出たら稲村ケ崎方面へ歩くと公演が見えてきます。その中にあります。

実朝歌碑(由比ガ浜)

小倉百人一首にも選ばれている源実朝の名歌

十一人塚の石碑。

十一人塚

鎌倉を包囲した新田義貞の軍勢は3手に分かれ鎌倉に攻撃を開始します。極楽寺坂においても激戦となり、新田勢の大将大館宗氏はここで討ち取られました。

媒体などで大仏切通しとして写真が掲載されるのはほとんどここです。

大仏切通し

大仏切通しは不明な点が多いミステリアスな古道です。車道に近くなる場所では車の騒音が気になるものの雰囲気はいかにも切通しらしい趣に溢れています。特に火の見下やぐら付近は見所です。

針磨橋は見過ごしてしまいそうなくらい道路と宅地に溶け込んでしまっています。直進すると稲村ケ崎、手前は極楽寺駅方面です。

〈鎌倉十橋〉針磨橋

〈鎌倉十橋〉針磨橋。江ノ電沿線の十橋はここだけです。極楽寺駅を降りたら少し稲村ケ崎の方向に進むと見えてきます。

現在は舗装された広い道路となっていますが、かつては峻険な隘路であったとされています。

極楽寺坂切通し

極楽寺坂切通し。1333年(元弘3年)新田義貞の倒幕軍は極楽寺坂から攻め寄せます。大仏貞直率いる幕府軍はこの峻険な切通しを利用した固い守りで義貞軍を跳ね返しました。

カバーをとって中を見てみたいものです。

〈鎌倉十井〉星月ノ井

〈鎌倉十井〉星月の井。昼でも星が輝いていたという名水。行基菩薩もここを訪れ、昭和初期まで名水として売られていました。

七里ケ浜の海を望む行合橋とそこを流れる行合川。

行合橋

行合橋。龍ノ口刑場で処刑寸前の日蓮、江ノ島方面から光が飛び来た光により役人が恐れおののき刑が執行不能となりました。それを幕府に知らせる使者と、赦免を伝える幕府からの使者がこの橋で行き合ったことから行合橋と名付けられたと伝わります。

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