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大町・小町

鎌倉の大町・小町エリアにある史跡・名所を紹介します。
釈迦堂口切通し、大町口近くの洞門。

釈迦堂切通し

釈迦堂切通し しゃかどうきりどおし 鎌倉を代表する景観。早期の通行止め解除に期待 大きな洞門は鎌倉の切通しを代表する景観として愛されてきました。長らく通行止めとなっているのが残念です。 釈迦堂口切通し、大町口近くの洞門。 …

切通し。

大町釈迦堂口遺跡

大町釈迦堂口遺跡 おおまちしゃかどうぐちいせき かつての大寺院跡か? 昔は北条時政邸跡といわれました。宅地造成等により貴重な史跡が失われることも多い鎌倉にあって、ほぼ自然に残っている貴重な遺跡です。 大町釈迦堂口遺跡にあ …

人が少ないため、独特の雰囲気を味わうことができます。

石切場跡(衣張山)

衣張山山頂の少し手前にある石切場跡。鎌倉時代から近世まで鎌倉の一産業であった鎌倉石の採掘場です。徳川家康は江戸城築城の際に鎌倉石を用いました。

日月やぐらの内部。

日月やぐら

日月(じつげつ)やぐらは、鎌倉時代に造られたといわれるやぐらです。大町の奥、北条時政山荘といわれていた地域、釈迦堂口切通しの上部を越えたあたりにあります。北条時政山荘(名越亭)跡は、近年の調査により13世紀後半のものとわかり、大町釈迦堂口遺跡と改められました。

唐糸やぐらと伝わるやぐら。

唐糸やぐら

源頼朝時代の史跡。頼朝を暗殺しようとして失敗した木曽義仲の家来、手塚光盛の娘、唐糸が幽閉されたやぐら。唐糸は娘 万寿の親孝行に心打たれた頼朝により許されます。

日蓮 化生窟と御硯水。鎌倉入りした日蓮が最初の一夜を過ごしたと伝わる窟。御硯水と呼ばれる井戸もあります。

日蓮 化生窟と御硯水

1253年に立教開宗した日蓮は鎌倉へと向かいます。最初の一夜をこの化生窟で過ごしたといわれます。近辺には日蓮関係の寺院・史跡が点在します。

名越から流れてくるのは手前です。

〈鎌倉十橋〉逆川橋

〈鎌倉十橋〉逆川橋。昔の鎌倉はもっと川がよく見えたのでしょう。いまは進んだ宅地化とコンクリート舗装により川のイメージが希薄ですから、逆に流れているイメージが掴み難いです。鎌倉はもう少し川を活かしたまちづくりをしてもよいのではないかと思います。

手前は本覚寺、橋を渡って左手に進むと妙本寺、右手は大町四ツ角に至ります。

〈鎌倉十橋〉夷堂橋

〈鎌倉十橋〉夷堂橋。小町大路を大町へと進むと本覚寺門前にある夷堂橋。この橋が大町と小町の境になります。橋の手前に本覚寺、橋を越えると妙本寺方面へと至ります。

中程にある名越切通しがもっとも狭隘になる場所、第一切通し。1.5m程しかなく、すれ違えないくらい狭いです。かつては3mほどあり、地震などにより徐々に狭くなったようです。

名越切通し

13世紀前半に整備された鎌倉時代の要路、名越切通しは鎌倉と三浦半島を結びます。往時の姿をとどめる貴重な史跡であり、大切岸やまんだら堂やぐらなど見所も多くあります。

井戸の端が銚子の口のようになっています。

〈鎌倉十井〉銚子ノ井

〈鎌倉十井〉銚子ノ井。名越坂の始まるあたり、長勝寺の近くに鎌倉十井のひとつ銚子ノ井があります。

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