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由比ガ浜・材木座

鎌倉の由比ガ浜・材木座エリアにある史跡・名所を紹介します。
一ノ鳥居。鶴岡八幡宮方向からみます。

一ノ鳥居

江戸幕府第4代将軍、徳川家綱は1668年(寛文8年)に鶴岡八幡宮の3つの大鳥居を寄進しました。関東大震災により3つの鳥居は倒壊しましたが一ノ鳥居は江戸時代の材料を大切に利用し再興されました。

六地蔵。様々な道が交差する辻です。お地蔵様の他に石碑が3つあり、右の二つは六地蔵について説明するほぼ同じ内容の石碑。左が芭蕉の句を刻んだ石碑です。

六地蔵

六地蔵交差点には、六地蔵が祀られかつて付近にあった刑場において処刑された者たちの霊を慰めます。長谷、大町、名越、由比ヶ浜、鎌倉駅などに至る道が交差する地点でもあります。

虚子庵址。江ノ電線路脇に句碑と案内板が建っています。

虚子庵址

長閑な由比ケ浜、江ノ電の線路沿いに建つ虚子庵址。鎌倉に住んだ最初の文士ともいわれており、東京にある「ホトトギス」発行所へは電車で通ったそうです。

畠山重保邸跡と墓。一ノ鳥居の側、鎌倉駅に向かって左手の歩道にあります。石碑が1つ、石塔が2つあります。

畠山重保邸跡と墓塔

由比ケ浜に近い一ノ鳥居の側に石碑と宝篋印塔があります。名将畠山重忠の長男、畠山重保の屋敷跡/墓所といわれています。讒訴により謀反の疑いをかけられ、この場所で殺されました。

乱橋。川はなく、石碑と歴史だけが残ります。

〈鎌倉十橋〉乱橋

〈鎌倉十橋〉乱橋。大町四ツ角から海岸へと歩くと通り沿いに見えてきます。鎌倉へと攻め込んだ新田義貞と幕府軍が激しく攻防した場所です。

鎌倉十橋のひとつ、琵琶橋。若宮大路沿いにあります。

〈鎌倉十橋〉琵琶橋

〈鎌倉十橋〉琵琶橋。由比ケ浜へと向かう大路にあります。きっと昔は多くの人が通る橋だったことでしょう。

和田塚。小さな公園のようになっていて石碑がいくつか建てられています。

和田塚

和田塚。源頼朝亡き後、専制政治を目指す北条氏にとって最大のライバルであった三浦一族の支族として大きな力を持っていた和田一族。一族を率いた和田義盛は1213年(建保元年)、北条義時と戦い一族とともに敗死します。

明治時代に描かれた源為朝。魅力にあふれた怪物です。

〈鎌倉十井〉六角ノ井

〈鎌倉十井〉六角ノ井。身長2m超、切れ上がった眼に天下一の強弓。平清盛始め名だたる武将たちが怖じ気づいたという伝説の武人の矢が海を越えて刺さったといわれる井戸です。

干潮時にははっきりとその跡を見ることができます。

和賀江嶋

和賀江島は、光明寺の少し先にあります。鎌倉の内港として栄え、往時には宋からの船も停泊しました。鎌倉市と逗子市の境界に位置し、200メートルに渡って巨石が積まれています。

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