光則寺

(こうそくじ)

日蓮と日朗の苦難と布教の足跡

日蓮とその六老僧の一人日朗にゆかりの深いお寺さん。花の寺としても有名。特に樹齢200年というカイドウは名高い花の木です。

エリア長谷・腰越
住 所鎌倉市長谷3-9-7
宗 派日蓮宗
本 尊十界大曼荼羅
創 建1274年
開 基宿屋光則、日朗(開山)
拝 観7:30〜日没/100円
アクセス江ノ電「長谷駅」下車、徒歩10分

1253年(建長5年)4月28日清澄寺において悟りを開き立教開宗を宣言した日蓮は、翌1254年(建長6年)布教のため鎌倉へとやってきます。1260年には名高い『立正安国論』を現在安国論寺にある岩屋にて執筆します。

書き上げた日蓮は、1260年現在光則寺となっている宿屋邸において御家人であった当主行時に渡し、行時から前執権北条時頼へと手渡されました。これにより龍ノ口法難に遭い。その後布教を続けた日蓮は1261年、再び幕府や反対勢力によって伊豆流罪となります。

光則寺を開いた日朗は日蓮六老僧の一人として常に日蓮に寄り添い、日朗門流、池上門流、比企谷門流の祖となり、池上本門寺の基礎を築きました。墓所は逗子の法性寺です。

1261年日蓮伊豆流罪の際には一緒に捕らえられ、現在光則寺となっている行時の子、宿屋光則邸の奥にあった土牢に捕らえられます。1274年には佐渡に流罪となっていた日蓮を8回も訪れ、赦免状を携えて行ったのも日朗でした。

法難を乗り越えて布教に尽くす日蓮や日朗と触れ合ううちに、その教えに感化されていった宿屋光則は日蓮宗へと改宗し、屋敷を日朗へと寄進し光則寺となりました。現在の本堂は1650年(慶安3年)に建てられ、修復を経て現在に至っています。

長谷寺の参道を一本大仏よりの道を入り、少し歩くと光則寺が見えてきます。桜の季節には門前から桜が迎えてくれます。境内は本殿、客殿、池、日朗土牢からなり、100種になろうかという花や植物に囲まれています。樹齢200年といわれる名物のカイドウは通常桜の後に咲きますが、桜とともに咲いてしまうこともあります。桜の後には石楠花(シャクナゲ)躑躅(ツツジ)が咲きます。藤は山門前の藤棚に藤、白藤、境内には木に巻き付いて咲きます。

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