源実朝

(みなもと さねとも 1192-1219)

第3代将軍、和歌の名手

 河内源氏8代当主。源頼朝の4男。鎌倉幕府第3代将軍。主導権を握った北条氏によって擁立され、1219年(建保7年)頼家の子公暁に討たれた(享年28歳)。これにより河内源氏棟梁の血筋は断絶する。当初は外祖父である北条時政が政権を主導し、1205年(元久2年)牧氏事件が起こり北条義時・政子によって時政が伊豆に追放されると、義時・政子が実権を握った。北条義時が家人を侍に推挙するが実朝は「後難を招く因縁なり」としてこれを認めないなど政治的な能力を見せるものの、時流は北条執権政治へと向かって行った。現代でも孤高の評価を受ける歌人であり、『金槐和歌集』を編纂した。

『國文学名家肖像集』の源実朝。

『國文学名家肖像集』の源実朝。

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