三浦義明

(みうら よしあき 1092-1180)

頼朝の挙兵に一身を捧げた

 三浦義継の子。三浦荘の在庁官人。桓武平氏の一族。源氏累代の家臣として東国に下った頼朝の父義朝を助け、子の義澄とともに保元・平治の乱でも義朝に従い戦う。娘のひとりは義朝の側室ともなった。配流中の頼朝とも交流を保った。頼朝が挙兵すると即座に一族を挙げて参戦。頼朝の元に向かうも石橋山の戦いに頼朝が敗戦し、衣笠城に篭城。畠山重忠らが率いる平氏勢に攻められると「頼朝を助けるように」と義澄ら一族を逃し独り奮戦の後敗死した。鎌倉幕府を開いた頼朝はその功を生涯忘れることなく満昌寺を創建し菩提を弔った。三浦一族は幕府の有力御家人として大きな勢力となり、長男の杉本義宗は和田氏の祖となった。しかし北条氏との権力争いに敗れ滅亡。後に傍流の佐原氏により再興され戦国大名の相模三浦氏となる。

『前賢故実』の三浦義明。

『前賢故実』の三浦義明。

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