文覚

(もんがく 1139-1203)

頼朝に平氏追悼の院宣をもたらした僧侶

平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した真言宗の僧侶。僧侶となる前は19歳で出家するまで遠藤盛遠という武士でした。従兄弟の渡辺渡の妻、袈裟御前に恋し、誤って殺してしまったのが文覚出家の原因といわれています。京都高尾山の神護寺再興を後白河天皇にあまりに強く訴えたため伊豆配流となり、その時に源頼朝と親しくなりました。豪快な活躍が逸話として残る人物。後白河法皇に平氏追悼の院宣を要求しわずか8日で頼朝に院宣をもたらしたり、後鳥羽上皇の政を批判して流罪となったり、海の嵐を鎮める法力があったなどという伝説が残っています。

『吾妻鏡』や『源平盛衰記』はもちろん、明治の長唄『鳥羽の恋塚』、上方落語の『袈裟御前』、芥川龍之介の小説『袈裟と盛遠』、菊池寛の小説『袈裟の良人』、平家物語などに登場します。

神護寺蔵、文覚上人坐像。

神護寺蔵、文覚上人坐像。

関連史跡:文覚上人屋敷跡

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