妙本寺

(みょうほんじ)

祇園山に面して建つ、日蓮宗最古の寺院

大町にある日蓮宗の重要なお寺さんです。ゆっくり歩いても駅から10分あればいける近さですが、祇園山に面した谷戸にあり山深い雰囲気の大変静かなところです。鎌倉最大級の木造仏堂建築、祖師堂も立派です。

エリア大町・小町
住 所鎌倉市大町1-15-1
宗 派日蓮宗
本 尊三宝尊
創 建1260年
開 基比企能本、日蓮(開山)
文化財等銅造雲版(重文)など
アクセス「鎌倉駅」下車、徒歩9分

祇園山に抱かれた日蓮宗由緒寺院、妙本寺。

祇園山に抱かれた日蓮宗由緒寺院、妙本寺。

身延山久遠寺、池上本門寺と並ぶ日蓮宗最古の寺院であり、全国に14ある日蓮ゆかりの霊跡寺院のひとつでもある日蓮宗の重要な寺院です。日蓮上人が池上宗仲邸での臨終の際、枕元に掛かっていたと言われる「臨滅時の御本尊」(日蓮宗の宗定本尊)といわれる十界曼荼羅も妙本寺にあります。

境内は祇園山に面しているため大変静寂であり、敷地も広い。源氏山に面した海蔵寺もそうですが、山に面した寺院というのは静かな鎌倉にあってもより一層静けさを纏っているため、とても落ち着きます。伽藍は二門(総門、二天門)、二堂(本堂、祖師堂)という日蓮宗の伝統的な配置となっています。

総門付近から山が深くなり、一番奥にある鎌倉最大級の木造仏堂建築である祖師堂まで距離があるゆったりした上りになっていますから、しっかり気分を落ち着けることができます。総門をくぐって左手にある方丈門をいくと三宝尊を安置する本堂へと至り、まっすぐいき二天門をくぐると日蓮上人の神霊を祀る祖師堂があります。

なによりも、山に面してこれより奥に人の臭いがない静けさが日蓮宗最古の寺院に大きな魅力を加えています。紅葉の季節などは自然の山が赤くなる深みがある秋が味わえます。女性を巡って争っていた詩人の中原中也と批評家の小林秀雄が妙本寺祖師堂の前で話し合い、和解したというエピソードもあります。比企一族の墓の裏手あたりからは30分ほどで腹切りやぐら付近に出る手軽でいきやすい祇園山ハイキンコースに入ることもできます。

妙本寺のある谷戸は源頼朝に仕えた有力御家人の比企能員(ひきよしかず)一族の屋敷がありました。源氏と親密であった比企一族は、頼朝没後、北条氏と対立し最後はこの地にて滅ぼされました。この時生き残った末子の比企能本(ひきよしもと)は、京都で朝廷に仕えた後、鎌倉に戻って儒学者として活躍し、帰依していた日蓮に屋敷を献呈し妙本寺を開基しました。

妙本寺本堂の左手の階段を登ったところにある墓所には竹御所の墓があります。竹御所は源頼家の子であり源頼朝の血をひく最後の人です。鞠子または媄子(よしこ)といったそうです。妙本寺では媄子としており墓所には源媄子の墓と記されています。竹御所の屋敷もまた妙本寺の地にあったそうです。

源頼家の子として1202年(建仁2年)生まれた竹御所は、父頼家が暗殺された後も生き延び、源頼朝の血をひく唯一の人物として政子の後継者となりました。28歳となった1230年(寛喜2年)、13歳であった第4代将軍藤原頼経に嫁ぎ、4年後に懐妊するも男子を死産し本人も死去した。享年33歳。これにより源頼朝の血筋は完全に断絶し、御家人達の動揺は大きなものであったと伝えられています。

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