明王院

(みょうおういん)

第4第将軍藤原頼経の発願による寺院

鎌倉幕府将軍によって建立された鎌倉に唯一現存する寺院です。源氏将軍体制から北条執権政治へと時代が移り変わっていった時代、第4代将軍藤原頼経によって建立されました。

エリア浄明寺・十二所
住 所鎌倉市十二所32
宗 派真言宗
本 尊不動明王(五大明王)
創 建1235年
開 基藤原頼経
札 所鎌倉三十三観音第8番、鎌倉十三仏第1番
アクセス「鎌倉駅」よりバス「泉水橋」下車、徒歩3分
公式HPhttp://www.myooin.com/

五大堂明王院の参道。桜が飾ります。

五大堂明王院の参道。桜が飾ります。

北条執権政治が確固としたものになってきた第3代執権北条泰時の時代、1235年(嘉禎元年)に五大堂明王院は開かれました。鎌倉駅から金沢街道を朝比奈に向かって3kmほど下った十二所にあります。東隣にはかつて源実朝が建立した大慈寺があり、この一帯は大きな霊場でした。

第3代将軍、最後の源氏将軍である源実朝が暗殺された1219年(建保7年)以降空席となっていた将軍問題は京都から下向した藤原頼経が1226年(嘉禄2年)第4代将軍となることによって解決しました。

1229年(寛喜元年)~1231年(寛喜3年)頃に起こった寛喜の大飢饉がひといきついた1232年(貞永元年)頃から『吾妻鏡』には藤原頼経による御堂建立の候補地選びに関する記述が出てきます。これが後に五大堂明王院となります。1235年(嘉禎元年)6月29日、供養が行われ明王院が開かれました。 寛喜の大飢饉、天変地異、執権政治の基盤整備などに第3代執権北条泰時が奮闘した時代、国家の安泰を祈願して建立されたのが明王院であり、以後、幕府・将軍家の祈願所として重んじられ、元寇の際には異国降伏の法要が行われました。

明王院に祀られる五大明王は、中心に不動明王(ふどうみょうおう)、まわりを大威徳明王(だいいとくみょうおう)、軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)、降三世明王(ごうざんぜみょうおう)、金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)が囲みます。

境内は茅葺きの御堂が並び、背後の山とあわせていかにも鎌倉という風情のある空間となっています。毎月28日には報道において護摩法要が営まれ、誰でも参加できます。

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