杉本寺

(すぎもとでら)

鼻先に迫る圧巻の仏像群。まだ行ってない人は損してる

鎌倉最古のお寺さんです。鎌倉幕府が開かれる遥か昔、734年にあの行基が自ら刻んだ十一面観音とともに建立されました。本堂に安置された仏像群は鎌倉随一の圧倒的な凄みを持ち、本堂へと上がる急勾配の階段は長い歴史を刻んでいます。

エリア浄明寺・十二所
住 所鎌倉市二階堂903
宗 派天台宗
本 尊十一面観音
創 建734年
開 山行基菩薩
札 所坂東三十三カ所、鎌倉三十三カ所など
文化財等秘仏本尊の十一面観音像2体(国指定重要文化財)、本堂(神奈川県指定文化財)
アクセス「鎌倉駅」よりバス「杉本観音」下車すぐ

杉本寺の本堂は見る者を圧倒します。まだ行っていない人は行って損はないと思います。

本堂に入ると運慶作、源頼朝寄進の十一面観音や同じく運慶作の観音三十三身、地蔵菩薩などが平間にあり、我々参詣者は鼻先まで接近してその迫力を感じることができます。この近さが圧巻。秘仏本尊と呼ばれる天平期の3仏はさすがに仕切られた奥にあって近づくことはできませんが、御開帳云々ではなくいつでも見ることができます。秘仏本尊とは3つの十一面観音を指すし、行基菩薩作(734年)、慈覚大師作(851年)、恵心僧都作(985年)である。

1189年隣家から火災が発生しました。本尊3体は自ら庭内にある大杉の下に火を避け、それにより杉の本の観音(杉本観音)と呼ばれたと『吾妻鏡』に伝わる一説も、杉本寺本堂の迫力に接すればその魅力を伝えるためのものだろうと納得できます。

杉本寺は734年(天平6年)にかのスーパースター行基が自ら刻んだ十一面観音によって建立されました。鎌倉に2つある天台宗の寺院です(もう一つは宝戒寺)。鎌倉最古の仏地、坂東札所の第一番として、禅宗や鎌倉仏教の多い鎌倉の地において独自の存在感を発揮しています。

静けさのある鎌倉の中でもさらに落ち着いた二階堂の地にあり、向かいには滑川、左右もゆったりとしています。境内入口から本堂に向かって伸びる長い階段も見事。1300年近い歴史を感じさせるように削られた様が美しいことこの上ありません。

四方、八方、十方を救済する観音菩薩は「変化観音」として様々な姿となって現れます。 十一面観音、馬頭観音、不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)、如意輪観音、水月観音などがあります。 六観音、七観音、三十三観音などの言葉も知られ、杉本寺本尊の十一面観音もそのひとつです。

『新編鎌倉志』(江戸時代につくられた元祖鎌倉ガイド)の記述と図版

杉本觀音堂
杉本(すぎもと)の觀音堂は、海道より北にあり。額に、杉本寺、子純筆とあり。子純は建長寺第百五十九世。子純和尚諱は得公歟。大藏山(だいざうさん)と號す。坂東巡禮札(ふだ)所の第一なり。開山は行基なり。此寺は天台宗にて、叡山(えいざん)の末寺なり。
中比衰微(すいび)して、妻帶(さいたい)の山伏なりしを、近年の住持の僧これを改(あらた)めて、今は淸僧也。本尊十一面觀音〔慈覺の作〕、右も十一面〔行基の作〕左も十一面〔慧心の作〕、前にも又十一面あり〔運慶か作〕。釋迦〔天竺佛〕、毘沙門〔宅間が作〕。
『東鑑』に、文治五年(1189年)十一月廿三日、夜に入て、大倉(をほくら)の觀音堂回祿す。別當淨臺房、煙火を見て悲歎し、焰(ほのを)の中へ走(はしり)入て本尊を出す。纔(わずか)に焦(こがる)といへども、身體は敢て恙(つつが)なしと。又建久二年(1191年)九月十八日、幕下(源頼朝)、大倉の觀音堂に御參の事あり。
『太平記天正本』に、斯波(しは)三郎家長(いへなが)、軍利(いくさり)なふして杉本の觀音堂にて腹切(はらきる)とあり。天領五石六斗あり。

『新編鎌倉志』に掲載された杉本寺の図。

『新編鎌倉志』に掲載された杉本寺の図。

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