住吉城址

再興した三浦一族の城

鎌倉時代、宝治合戦によって三浦一族の多くは滅ぼされ、その後再興されます。しかし戦国時代初期に今度は後北条の北条早雲によって滅ぼされてしまいます。最後の当主三浦道寸の弟道香はこの住吉城において北条早雲と戦いました。

エリア逗子
住 所逗子市小坪5-12(正覚寺背後の山)
アクセスJR・江ノ電「鎌倉駅」よりバス「飯島」下車、徒歩10 分

材木座、和賀江嶋を臨む山にあります。

材木座、和賀江嶋を臨む山にあります。

 宝治合戦において滅ぼされた三浦一族は南北朝期に再興します。その最後の当主となったのが三浦道寸(義同/よしあつ)です。

 道寸は戦国時代初期の小大名として相模の東部に勢力を築き住吉城は弟道香の居城でした。1510 年頃、伊豆、小田原から東へと進出する北条早雲は三浦氏攻略を決め、1512 年(永正9年)岡崎城を落とされた道寸は住吉城に退却し抵抗するものの戦いに敗れます。

 道香は敗走中の逗子延命寺境内にて自害します。当主道寸は新井城に籠城し3年にわたり頑強に抵抗しますが1516 年(永正3年)ついに落城。

 三浦氏は前後の北条氏に2度にわたり滅亡させられてしまいます。住吉城跡は光明寺の前を小坪方面に向かい、トンネル手前を右の細い道に入り正覚寺背後の山にあります。

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