辻の薬師

(つじのやくし)

小さなお堂に1200年を超える苦難の歴史

質素な見た目に反して平安仏に1200年の歴史という見所の多い薬師さまです。本尊の薬師如来には聖武天皇の御代より数々の苦難をくぐり抜けてきた歴史があります。

エリア大町・小町
住 所鎌倉市大町2-4
本 尊薬師如来像
創 建1190年頃(東光寺)
アクセス鎌倉駅下車、徒歩20分

鎌倉駅から徒歩20分程、大町四ツ角を材木座方面へと歩くと横須賀線の踏切の手前に小さなお堂があり、これが辻の薬師です。江戸時代や昭和初期の地図などにもしっかりと名前が載っているところを見ると、街のどこにでもありそうな小さいお堂にある大きな歴史を予感させます。

辻の薬師には、薬師三尊像と十二神将像などが納められています。本尊である薬師如来像は行基の作と伝わる、鎌倉に数少ない平安仏のひとつです。昭和15年に行われた調査によると、如来の胎内より二階堂にあった医王山東光寺の本尊であったと記された銘札が発見されました。

医王山東光寺とは、現在の鎌倉宮の地にあった寺院です。1209年(承元3年)に二階堂氏によって建立されました。東光寺は足利直義による護良親王殺害の地として有名です。その後東光寺は廃寺となり、当の薬師如来像を含む薬師三尊像は長善寺に移されて本尊となりました。

長善寺は遠く聖武天皇の御代、神亀年間(724-729)に藤原鎌足の子孫である染谷時忠(鎌倉最古の甘縄神明神社も創建)によって創建されました。その後上杉禅秀の乱(1416年)など幾度もの兵火や災害にあいながらも本尊の薬師三尊像と十二神将像(4体は室町期に修復)は守られました。

長善寺はその後小町大路の東側、本興寺の近くに移転し江戸期を通じて大いに繁栄したものの幕末には焼失し廃寺となりました。廃寺となっても薬師堂と仏像は難をのがれ、地元の人々によって守られてきました。1889年(明治22年)横須賀線線路敷設にともなって現在の地に移転しました。

鎌倉駅から材木座に向かって歩き、海の香りが漂い始める麗らかな場所にあるなんの変哲もない小さなお堂にこんな歴史のドラマが秘められています。鎌倉の面白さを感じさせてくれる場所です。

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