行合橋

(ゆきあいばし)

日蓮伝説の橋

龍ノ口刑場で処刑寸前の日蓮、江ノ島方面から光が飛び来た光により役人が恐れおののき刑が執行不能となりました。それを幕府に知らせる使者と、赦免を伝える幕府からの使者がこの橋で行き合ったことから行合橋と名付けられたと伝わります。

エリア源氏山公園
住 所鎌倉市七里ケ浜東2
アクセス江ノ電「七里ケ浜駅」下車すぐ

1254年立教開宗した日蓮は千葉の清澄寺を出て布教のため鎌倉に入ります。1260年には『立正安国論』を著し、元執権で当時最高権力者だった北条時頼に提出しました。

1271年(文永5年)、著書の内容に対して浄土宗徒や祈雨対決で日蓮に敗北した良観に訴えられた日蓮は佐渡流罪の名目で捕縛され、腰越の龍ノ口刑場(現在の藤沢市片瀬にある龍口寺)において処刑されることとなり、引き立てられました。

龍ノ口刑場で処刑寸前の日蓮、江ノ島方面から光が飛び来た光により役人が恐れおののき刑が執行不能となりました。それを幕府に知らせる使者と、赦免を伝える幕府からの使者がこの橋で行き合ったことから、行合橋と名付けられたと伝わります。ここを流れる川も行合川といいます。

周囲には日蓮が龍ノ口に引き回される時に、袈裟を汚してはいけないと掛けたという「日蓮袈裟掛の松」もあります。龍ノ口刑場の跡地がある藤沢市片瀬の龍口寺などとあわせて訪れてみてください。

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