〈箱根〉早雲寺の紅葉

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〈箱根〉早雲寺の紅葉

後北条の当主が眠る名刹

箱根湯本駅から15分程の場所にある早雲寺は、名領主として知られる後北条氏の菩提寺です。箱根らしい美しい紅葉と名刹が味わえる名所です。

エリア箱根
住 所神奈川県足柄下郡箱根町湯本405
アクセス箱根登山鉄道「箱根湯本駅」より徒歩15分

箱根、早雲寺惣門の紅葉。

箱根、早雲寺惣門の紅葉。

臨済宗大徳寺派の早雲寺は、室町時代中後期・戦国初期の大名、北条早雲(1432?-1519)に始まる後北条氏五代の菩提寺です。1519年(永正16年)に享年64〜88歳で死去した早雲の意志により、早雲から家督を譲られた氏綱が1521年(大永元年)に創建しました。

早雲は、室町幕府の政所執事から、伊豆・相模・三浦・武蔵の一部を支配する大名へとのし上がった人物であり、早雲に始まる後北条氏は、名城小田原城を本拠とし早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直と5代に渡り勢力を拡大。その版図は伊豆、相模、武蔵、下総、上総(半分)、上野に加えて、下野、駿河、甲斐、常陸の一部にも及び、240万石に達する大大名でした。したがって、北条氏の菩提寺であった早雲寺は関東屈指の禅刹として繁栄しました。

北条早雲に始まる北条氏の領国支配は、史上最も低いといわれる四公六民の税率をとり、領主は民衆の生命と財産を守ることが仕事であるという理念に基づいておこなわれ、後北条氏なきあと領地に入った徳川家康は、民衆が後北条氏を慕うため大変やり難かったといういい伝えが残ります。

1590年(天正18年)小田原征伐と題して北条氏を攻撃した豊臣秀吉は、4月5日、箱根山を越えて早雲寺に入り本陣としました。6月になり石垣山一夜城が完成すると早雲寺を焼き払い本陣を移しました。

1589年(天正17年)秀吉により滅ぼされた北条氏は、第4代当主北条氏政の弟である氏規が大阪河内狭山に狭山北条氏1万石として、また鎌倉玉縄城主であった氏勝が徳川家康傘下となって下総岩富に1万石を与えられ、江戸時代を生き抜きました。早雲寺は、秀吉に焼き払われた後、1672年(寛文12年)、狭山北条氏当主氏治により再建されました。

早雲寺の紅葉は本堂背後の山肌に多くあり、本堂付近から眺めるのも、北条氏五代の墓がある背後の山に上がってながめるのも格別。旧箱根街道に面した惣門付近の紅葉も見所です。

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