旧石井家住宅

(きゅういしいけじゅうたく)

江戸初期の鎌倉民家に身土不二の美しさを教えられます。

旧石井家住宅は、大船の龍寳寺境内に移築保存されている江戸初期の民家です。見応えある国の重要文化財です。

ひろまから土間をみます。内部はとても暗く、いまみると近代建築が及びもつかない身土不二の美しさを湛えています。

ひろまから土間をみます。内部はとても暗く、いまみると近代建築が及びもつかない身土不二の美しさを湛えています。

エリア大船
住 所鎌倉市植木128(龍寳寺境内)
アクセスJR「大船駅」下車、徒歩20分

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石井家住宅は現在の大船である関谷村にあった江戸初期(17世紀後半)の旧家住宅であり、歴代玉縄城主の菩提寺である龍寳寺境内に移築・保存されています。大変よく保存されており、広い土間に一歩足を踏み入れると、日本人なら誰もが懐かしいようななんともいえない気分になります。

身土不二、土地と人が育んだこの美しさをみると、現代住宅はもとより、明治以降の洋館史跡すらとってつけた地に足のつかないものにみえてきます。1969年(昭和44年)、国の重要文化財に指定されています。

以下、説明板の文章を掲載します。内部は昼間でも大変暗いため、そのままの明るさでは形状をお伝えすることが難しく、写真は実際にみえるよりも明るくなっています(当サイトでは全ての原稿、写真等について無断転載は禁止です)。そのため、実際にいかれると写真より全然暗いと感じられるかと思います。

重要文化財旧石井家住宅

「石井家は後北條時代の地侍から発したと伝えられる旧家で、近世はこの地の名主をつとめてきたと云う。この住宅は桁行七間半、梁間五間の規模をもった農家で「四方下家造り」の構造からなり、平面は「ひろま」の奥に「でい」と「へや」が配される「三間取り」である。「ひろま」の前面にしし窓をを付け、「でい」「へや」廻りも土壁塗りで閉鎖的で古式が感ぜられ、恐らく江戸中期の初頭を下らない頃(元禄時代)建立であろう。

石井家住宅は鎌倉から甲州に至る甲州街道筋である鎌倉市関谷1575(倉骨)にあったが、近年に至り建物が老朽化し取り壊し建替することを菩提寺である龍寳寺の住職が、これを惜しみ、同寺に寄贈をうけて、境内に移築保存となったものである。

この住宅は神奈川県下に例の多い「三間取り四方下家造り」農家の典型で様式手法より見て十七世紀の後半頃のものと推察される。建築後の経過については明らかでないが、後世は生活の便宜から諸々に改造の跡も見られたが、しかし側柱、内部柱等の主要材のほとんどは当初のまま遺存して今日に至ったものである。

昭和四十四年六月二十日重要文化財に指定されて、昭和四十五年一月一日修理の工を起し、国庫補助金及び県費並に市費の補助金を得て工期九ヶ月をもって修理を行った。

前述移築工事のため重要な建設位置の設定を初め、建物の解体と同時に入念に実測調査を行い、更に修理に先だち解体材の調査と後世改変の痕跡調査をして明確な資料にもとづいて文化庁の許可を得て現状変更を行ない、出来る限り当初の様式に復元整備した。」(※当方入力による微細な誤植あり)

旧石井家住宅フォトギャラリー

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