白山神社(毘沙門堂)

(はくさんじんじゃ(びしゃもんどう)

源頼朝創建と伝わる毘沙門堂

源頼朝が鞍馬寺から行基作の毘沙門天立像を安置したことに始まる古刹。明治維新以降、白山神社にされてしまいました。静謐な山深さが魅力。

エリア大船
住 所鎌倉市今泉 3-13-20
祭 神菊理姫之命 (くくりひめのみこと)
創 建1190年
開 基源頼朝
アクセス「大船駅」より鎌倉湖畔循環バス「白山神社前」下車、徒歩3分

“白山神社本堂奥の石塔。

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見所が点在する鎌倉山脈沿い

大平山を頂点とする鎌倉山脈の大船側(今泉)には称名寺(今泉不動)、白山神社、鎌倉湖など見所が点在しています。観光客が少ないこともあり、山深く長閑な景色を堪能できる散策には最適の場所です。大船駅から歩くのもよし、天園ハイキングコースからいくのもよし、明月院から今泉台を上がってくるのもよしですが、天園経由は最も喧騒を離れることができます。

白山神社は、源頼朝が初上洛した折に鞍馬寺を訪れ、行基が楠樹で作ったと伝わる毘沙門天立像を賜り、これを鞍馬寺が京の東北の鎮護であることにあやかり、鎌倉の東北にあたる白山神社の地に安置した毘沙門堂が始まりといわれています。頼朝の上洛は1190年(建久元年)ですから、その頃の創建ということになります。銀杏とあじさいがきれいですから、6月〜梅雨明け前、もしくは11月中旬頃がおすすめといえます。

毘沙門堂として頼朝が創建し、明治維新以降白山神社となる

荒廃期を経て、後北条が相模国を治めていた1532年(享禄5年)に再建され、続いて江戸時代の1696年(元禄9年)、1704〜1711年(宝永年中)、1774年(安永3年)、1866年(慶応2年)にも再建されたそうです。白山神社となったのは明治維新以降であり、社殿が伝える頼朝による創建から明治維新までの永きに渡り毘沙門堂であったわけですから、検索の利便性を考慮してタイトルは白山神社としていますが、毘沙門堂です。

明治維新とそれにともなう廃仏毀釈という罰当たりな運動により、全国の寺院は大きな被害を受けたわけであり、ここ鎌倉でも、鶴岡八幡宮寺や与願寺(江島神社)を始めとする貴重な仏教施設は破壊・処分され、無理やり神社にされるという憂き目をみています。およそ毘沙門堂もまた、このような事情ではないかと想像します。

境内には今泉寺がありますが、草に埋もれた古びた平屋があるのみです。江戸時代以前の神仏習合により置かれた別当寺(神仏習合が行われていた江戸時代以前、神社を管理するために置かれた寺院のこと)です。

毘沙門堂(白山神社)の本堂前には大きな注連縄(しめなわ)がかけられています。これは、守護虫である大百足(おおむかで)にあやかったもので、毎年1月8日に大注連縄祭が行われています。

本堂に至る参道には鎌倉市の指定有形民族文化財である庚申塔があります。寛文12年の銘となっていますから、西暦に直すと1672年、庚申塔としては鎌倉でも古い江戸初期のものということになります。

かつて大きな建物が建っていたのでしょうか?

境内には杉が植林された平場のが数段あり、奥には醍醐塔や岩盤に柱を設置した大きな穴が残っていました。最近の整地かもしれませんが、かつて大きな建物があったかもしれません。岩盤からは水が溢れだしており、その水をためて池でも造ったのだろうか、などと想像してしまいます。

ここに毘沙門堂関連の堂宇があり、鶴岡八幡宮寺の仏教施設のように明治維新の神仏分離および廃仏毀釈運動によって破壊され、捨てられた上に白山神社にされてしまったのかもしれません。

白山神社(毘沙門堂)フォトギャラリー

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