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浄明寺・十二所

鎌倉の浄明寺・十二所エリアにある史跡・名所を紹介します。
釈迦堂口切通し、大町口近くの洞門。

釈迦堂切通し

釈迦堂切通し しゃかどうきりどおし 鎌倉を代表する景観。早期の通行止め解除に期待 大きな洞門は鎌倉の切通しを代表する景観として愛されてきました。長らく通行止めとなっているのが残念です。 釈迦堂口切通し、大町口近くの洞門。 …

巡礼古道らしい景観。

衣張山巡礼道(衣張山ハイキングコース)

衣張山巡礼道(衣張山ハイキングコース) (きぬばりやまじゅんれいどう) 源頼朝も歩いた巡礼道。衣張山を巡るハイキングコースとしても人気があります。 源頼朝の観音信仰から生まれたという坂東三十三霊場の第一番 杉本寺から衣張 …

青砥藤綱邸跡。住宅の間に佇んでいます。

青砥藤綱邸跡

鎌倉には青砥藤綱関連の史跡が2か所あります。1つは東勝寺橋、もう1つがこの青砥藤綱邸跡です。

住宅地に寂しくたつ、足利公方邸跡の石碑。

足利公方邸跡

その昔、六浦道と呼ばれ鎌倉を支えた要港・六浦港と鎌倉中心部を結んだ、現在の金沢街道沿いに石碑のみがのこる、足利公方邸跡。たった一つの石碑から壮大な歴史をひもとくことができます。

大江広元屋敷跡。頼朝の片腕として時代を切り開いた政治家です。

大江広元屋敷跡

文官御家人/政治家として伝説的な活躍をなした大江広元の屋敷跡です。いまでもとても静かな十二所の地にあります。

細井路地の一角に石碑があります。

大慈寺跡

1214年(建保2年)に実朝が建立したといわれる大慈寺。明王院の東側一帯に大伽藍が建っていたといわれています。

三郎の滝と石碑。子供の頃、何度か水を浴びてふざけたものです。

朝比奈切通し

朝比奈切通し。770年前に開かれた古道の面影、美しい沢の水、山深い森に建つ熊野神社、魅力の尽きない切通しです。

この辺りだといわれています。後ろは朝比奈切通しの入口です。

上総介広常屋敷跡

上総介広常屋敷跡。1183年、関東の最有力御家人上総介広常は太刀洗水の近くにあった屋敷で梶原景時に討たれます。頼朝に対して下馬の礼をとらなかったからとか、関東独立の志があったなどその理由は諸説あります。朝比奈切通しへと向かう途中にあります。

歴史をたたえながらいまも滾々と湧き出る鎌倉五名水のひとつ、太刀洗水。

梶原景時太刀洗水

梶原景時太刀洗水。1183年、関東の最有力御家人上総介広常は太刀洗水の近くにあった屋敷で梶原景時に討たれます。頼朝に対して下馬の礼をとらなかったからとか、関東独立の志があったなどその理由は諸説あります。朝比奈切通しへと向かう途中にあります。

道筋ですが、まずは五大堂明王院を目指しましょう。明王院の手前が二股に分かれています。そこを左手に進み、テニスクラブを越えていくと見えてきます。

梶原景時屋敷跡

御霊神社に祀られる湘南地域を拓いた平安の武将、鎌倉権五郎景政の直径子孫が梶原景時。大庭氏はこの系統からわかれた同族です。頼朝の側近として活躍し5か国の守護に任じられ、侍所所司、厩別当などを務めました。和歌に通じ、教養深い人であったとされています。

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