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北東

扇ガ谷、西御門、二階堂地域を北東エリアとしました。北東は頼朝が拠点とした地域で、頼朝の御所があった地域であり、鎌倉宮や荏柄天神社、頼朝の墓など見所はたくさんあります。北鎌倉や駅周辺よりも道などもゆったりしてきますので、ゆっくりとした気分になります。一段奥まった瑞泉寺などは鎌倉の山の風情が味わえます。

鎌倉北東地図
三浦泰村供養塔。頼朝墓の東側に法華堂跡があり、そこにあるやぐらのひとつに供養塔があります。

三浦泰村供養塔

三浦泰村供養塔。1247年(宝治元年)鎌倉を舞台に合戦が勃発します。二大勢力であった北条と三浦が戦い、敗れた三浦一族は滅亡します。これを機に北条得宗家による専制体制が確立します。

メイン料理のハンバーグ。写真はハンバーグに目玉焼きとごはん、ドリンクがついた鎌倉ハンバーグランチ(1,180円)

鎌倉 雪ノ茶屋

鎌倉 雪ノ茶屋。鶴岡八幡宮から金沢街道をほんの200m。静かな雪ノ下にある黒毛和牛100%のハンバーグやシチューとケーキのお店。広くてきれいな店内です。

鎌倉文士の先駆け、里見弴の仕事場

終戦の1945年(昭和20年)、川端康成らと鎌倉文庫を創設した里見弴。長く鎌倉に住んだことから鎌倉文士のはしりともいわれています。松竹大船撮影所が鎌倉にあったことから名匠・小津安二郎との親交も深く、小津映画のために書き下ろした『彼岸花』もあります。

田楽辻子の道へとゆるやかに蛇行する犬懸橋からの景観。

犬懸橋

かつて犬懸上杉家の屋敷が犬懸橋の奥にありました。山へとゆるやかに蛇行する川と道の景観にとても静かな趣があり、鎌倉らしさを感じられます。杉本寺、田楽辻子の道、報国寺と周辺には見所が多くあります。

鉄やスチールを使用した施設は建てられていません。それがまたいいのです。発掘調査のみ行って永久にそのままであってほしいものです。

北条義時の墓

「なかんづく鎌倉郡は、文治、右幕下(源頼朝)はじめて武館を構え、承久、義時朝臣天下を併呑す。武家においては、尤も吉土と謂うべきか。」 足利尊氏による室町幕府樹立宣言「建武式目」の冒頭です。

源義朝は忠臣鎌田政家と並びます。

勝長寿院跡

源頼朝が父、源義朝の菩提を弔うため1184年に建立した大寺院。源氏の菩提寺であったためその姿は壮麗極まりなく、成朝(奈良仏師)に彫らせた金色の阿弥陀仏を本尊とし、藤原為久による浄土瑞相二十五菩薩壁画が描かれ、運慶による五大尊像も安置されていたといいます。

源頼朝の墓へと登る階段の手前にある細い道を右手に入って少し進むと左手に見えてきます。頼朝の墓から山沿いにもいけます。

大江広元の墓(島津忠久、毛利季光の墓)

鎌倉幕府の基盤整備に多大な貢献を果たした貴族、大江広元の墓と伝わるやぐらがあります。階段を登るとまず大きな平場があり、ここは北条義時の墓があったといわれる場所です。平場の左手には北条氏によって滅ぼされた三浦泰村一族の墓があります。

入口の門、奥に本殿が見えます。

荏柄天神社

仏像や画などは鎌倉時代から残るものが結構ありますが、数々の災害によって鎌倉に中世の建物はほとんど残っていません。その数少ない一つが荏柄天神社の本殿です。また、境内にある大銀杏は鶴岡八幡宮の大銀杏なきいま、鎌倉一の大銀杏となっています。

鳥居をくぐると広々とした空間があります。

鎌倉宮

「武家の古都、鎌倉」のキャッチコピーで世界遺産を狙う鎌倉ですが、ここ鎌倉宮は、鎌倉幕府(武家政権)打倒に尽力し、悲劇の最期を遂げた護良親王を祀る神社です。

ベルグフェルドのパン、アルトシュタットのハム/ソーセージを使ったサンドイッチセット(写真はベルグサンドのセット)。この他その日のケーキもついてきます。

ベルグフェルド カフェ

ドイツパンとお菓子のベルグフェルドが併設するカフェです。私的鎌倉1番の美味しいパンで作るサンドイッチとコーヒー・紅茶が楽しめます。

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