『寅次郎あじさいの恋』(成就院のあじさい)
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『寅次郎あじさいの恋』(成就院のあじさい)
忘れられない美しい女性の笑顔
あじさいといしだあゆみの何と清々しくも美しいこと。あじさいに囲まれた鎌倉、成就院での寅次郎との待ち合わせの場面、寅次郎を見つけたいしだあゆみの笑顔が忘れられません。昭和57年、夏の鎌倉、あじさい、古刹、海、すべての要素は映画に溶け込み美しい女性の情をスクリーンに映し出します。
「鎌倉のあじさい寺で日曜の午後1時、待っています」。場面は彼女が寅次郎に届けた付け文から始まります。これに先立って寅次郎の寝床に彼女がやってくるという『男はつらいよ』中、もっとも艶のあるシーンを踏まえた我々観客もまた気持ちが高ぶります。しかし、彼女の本気を察知した寅次郎は甥の満男を連れ出します。
長谷見物でもしてから来たのでしょう、寅次郎は坂ノ下からあじさいの参道を登ってきます。寅次郎を見つけた彼女は天真爛漫にして清らかさをたたえた満面の笑み。陳腐な表現ながら一夏に咲くあじさいのようです。
照れ隠しに寅次郎が連れてきた満男を見た彼女は、一瞬、落胆の色を見せながらすぐに気を取り直します。観客は寅次郎の恋はいつも始まるとともに終わっているということをわかっているはず。それでも情は強く動く。映画は予測不能だから逞しいのではないということをまたしても『男はつらいよ』に教えられます。
自分から付け文をしてしまったという彼女の恥じらい、彼女の本気を感じた寅次郎の恥じらい。ダークな男女関係だから深いわけじゃない、爽やかなあじさいのような恥じらいや慎みがある二人だからこそ、より深く心を動かされるのです。
いしだあゆみがマドンナ“かがり”を演じた『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』は、葵祭の京都で出会い、丹後半島で気持ちを通じ、鎌倉・江ノ島で最高潮を迎えそして終わる。タイトルどおりあじさいの一夏とともに終始します。
『駅 STATION』銭函駅の別れの場面で見せた悲しみの笑顔、『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』で見せた鎌倉での喜びの笑顔。いしだあゆみの笑顔に何かを感じた瞬間、そこに、その場所にひとりで行きたくなる。感情移入なんて言葉を使った瞬間に感覚は閉じ込められてしまいます。付け文の「待っています」が「待ってます」になっただけで見失ってしまう美しい女性の笑顔。
厳冬の北海道、銭函駅には悲しみの笑顔を求めて数度、幸いにして地元鎌倉にある成就院には盛夏に何度足を運んだことか。鎌倉に長く住んだいしだあゆみが演じた喜びと悲しみの笑顔はいつまでも心に残る名場面です。
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『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』(第29作)
出演:渥美清(車寅次郎)、いしだあゆみ(かがり)、片岡仁左衛門(加納作次郎)、倍賞千恵子(さくら)、吉岡秀隆(満男)
監督;山田洋次
配給:松竹、1982年8月公開
ロケ地(鎌倉):成就院(江ノ電『極楽寺』駅下車、徒歩5分)
とっても素敵な文章ですね。また久し振りに寅さんに会いたくなりました。
ありがとうございます。
温かいコメントありがとうございます。とても嬉しく、励みになります。コメント頂いて、こちらもまたあのシーンに会いたくなりました。