源為義

(みなもと ためよし 1096-1156

源氏凋落期を生き抜く

 河内源氏4代当主。源義家の子。義家没後の源氏内紛を経て義家の後を継ぐ。白河法皇・鳥羽上皇に仕え検非違使となるものの辞任。以後10年を無官で過ごした後、摂関家の藤原頼長に仕え従五位下左衛門大尉となる。長男義朝を坂東に、8男為朝を鎮西(九州)に送り源氏勢力の拡大に務めるが、為朝の濫行を抑えなかったことより再び解官される。保元の乱においては長男義朝と袂を分ち、崇徳上皇方として戦うが敗れ義朝によって処刑された。

白峰神宮蔵、源為義像

白峰神宮蔵、源為義像

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