常楽寺

(じょうらくじ)

こぢんまりとした境内に込められた壮大な歴史

静かでこぢんまりとした寺院に壮大な歴史が込められている常楽寺は、鎌倉の醍醐味を実感させてくれるありがたい場所です。

エリア大船
住 所鎌倉市大船5-8-29
宗 派臨済宗
本 尊阿弥陀三尊
開 基北条泰時
開 山感誉存貞
創 建1237年
アクセス「大船駅」よりバス「常楽寺」下車すぐ、もしくは「大船駅」・「北鎌倉駅」より徒歩20分

“常楽寺の山門。17世紀の建立といいます。鎌倉市の指定文化財。”

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鎌倉の醍醐味

現在の常楽寺は、比較的狭い境内に本堂を含めて3つの建物が並ぶ、こぢんまりしたお寺です。しかし、歴史上の大人物が多く係り、日本における禅宗文化発祥の地といってもいい重要な寺院です。

鎌倉にはいろいろな楽しみ方がありますが、常楽寺を知性をもって楽しめる方は、間違いなく鎌倉の醍醐味を最も逞しく味わっている方だと思います。参拝におすすめの季節は銀杏の木が紅葉する秋、11月上旬〜中旬頃です。

名執権 北条泰時の創建にして墓所

常楽寺は、鎌倉幕府第3代執権、北条泰時(1183-1242)が義母のため1237年(嘉禎3年)に創建した粟船御堂が始まりです。開山は源頼朝、政子の帰依を受けた退耕行勇でした。

北条泰時の烏帽子親は源頼朝であり、承久の乱において自身に対して追討の院宣を発し挙兵した後鳥羽上皇を返り討ちにした名将北条義時を親に持ちます。承久の乱は日本の歴史を変えた戦いであり、泰時は東海道軍の大将を務めています。

泰時はまた、御成敗式目の制定でも名高く、和賀江嶋の築港や、巨福呂坂を通して山ノ内方面(現在の北鎌倉)を拓き、朝比奈切通しを造るなど、武威の都鎌倉の発展にも尽くしました。

武家政権と禅宗が始まった歴史的な場所、常楽寺

日本の禅宗は第5代執権北条時頼が蘭渓道隆(1213-1278)を招いて建長寺を創建したことから広まりました。蘭渓道隆は1246年(寛元4年)に来日し、九州、京都、鎌倉などで布教を続けていましたが、時頼に招かれたことで鎌倉幕府という大きな後ろ盾を得て、建長寺という大伽藍を開くこととなりました。

この時、建長寺が建てられる前、時頼に招かれて最初に入ったのが常楽寺であり、多くの僧侶が教えを請いに訪れたといいます。このため、常楽寺は建長寺の根本であるとして重要視されました。

執権政治、武家政権、禅宗という時代を象徴するのは建長寺という大伽藍ですが、その影に隠れて、大船のこぢんまりとしたお寺にこういった壮大な歴史が込められているということに、鎌倉の醍醐味を実感します。

常楽寺背後の山には、木曽義仲の子であり、父の挙兵により源頼朝に討たれた木曽義高の木曽塚と、北条泰時の姫の墓、もしくは木曽義高の許嫁であり源頼朝の娘、大姫の墓といわれる石塔があります。

常楽寺フォトギャラリー

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