2013年4月18日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 紅葉 東慶寺の紅葉 東慶寺の紅葉。駆け込み寺、東慶寺も鮮やかに控えめに色づいています。その昔、生き地獄を逃れた女性たちもきっとこの紅葉に癒されたことでしょう。
2014年2月20日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 以仁王 後白河天皇の第三皇子。平氏討伐の令旨「以仁王の令旨」を全国の源氏に発したことで知られます。邸が三条高倉にあり、三条宮、高倉宮ともいわれました。英才の誉れ高い皇子でありましたが、異母弟の憲仁親王(後の高倉天皇)の生母平滋子に皇位継承は阻止されました。
2014年2月20日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 佐原義連 佐原十郎義連。三浦義明の十男。三浦市の本拠地衣笠の東南にある佐原(現 横須賀市佐原)に住んだことから佐原を名乗りました。父義明ら一族ととともに源頼朝の挙兵に従い、数々の功を挙げ鎌倉幕府の有力御家人となります。
2014年2月20日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 三浦泰村 三浦泰村は義村の次男で、武勇に優れ、父義村とともに承久の乱を戦った。執権北条泰時から泰の一字をうけたのみならず、泰時の娘を娶ります。
2014年2月20日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 三浦義村 三浦義村は義澄の嫡男で、為通から数えて6代目となる三浦の当主。権謀術数に優れた策略家であったといわれています。母は伊東祐親の娘。源頼朝挙兵以来の宿老として、三浦一族の長として幕政に重きをなし、侍所所司、評定衆をつとめるなど活躍しました。北条泰時の義父にもあたります。
2014年2月20日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 三浦義継 相模国三浦郡を治め三浦介を称し在庁官人として活躍。その後相模介となり、相模国の東側と安房地域に大きな勢力を張りました。
2014年2月20日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 三浦為継 三浦為継は為通の子で、源義家に従い後三年の役に功を立てました。後三年の役を描いた『奥州後三年記』に為継が登場し「同国のつはもの三浦の平太為次というものあり。これも聞えたかき者なり」と強者として描かれています。
2014年2月20日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 三浦為通 三浦為通は三浦氏の祖とされています。桓武天皇の孫、高望王が平高望と平性を名乗り、その子平良文の曾孫、平忠通の子が村岡(三浦)平太夫為通。村岡(三浦)平太夫為通は源頼義源頼義に従って前九年の役を戦った功により1063年(康平6年)源頼義より三浦の地を与えられ三浦姓を名乗り、衣笠城を築きました。
2014年2月19日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 大佛次郎 『鞍馬天狗』シリーズの著者として有名な大佛次郎は、1897年(明治30年)に生まれ、1921年(大正10年)から1973年(昭和48)年まで鎌倉に住みました。開発が進む鎌倉を憂い鶴岡八幡宮裏山の宅地化を鎌倉風致保存会を組織して阻止するという偉業も成し遂げています。
2014年2月19日 / 最終更新日時 : 2020年12月11日 鎌倉タイム管理人 人物 北条泰時 北条泰時(1183-1242)は北条義時の子。名執権と讃えられる鎌倉幕府第3代執権(在任期間1224-1242)です。特に初の武家法典、御成敗式目を制定したことで世に知られています。