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源実朝

鶴岡八幡宮のぼんぼり祭り。

鶴岡八幡宮 ぼんぼり祭り

鶴岡八幡宮 ぼんぼり祭り 幻想的なぼんぼりが美しい、夏と秋の祈り エリア駅周辺・八幡宮 日 程毎年8月、立秋の前日から9日までの3日間(年により4日間) 鶴岡八幡宮のぼんぼり祭り。 毎年8月、立秋の前日から9日までの3日 …

神武寺、客殿宝珠殿。阿弥陀三尊を

神武寺

神武寺は静けさに包まれて、豊かな歴史に育まれた山と森と古刹をゆきたい、という方におすすめします。鎌倉市に隣接する逗子市の山中にあり、京急「神武寺駅」、JR「東逗子駅」から海抜約83mの本堂を目指します。参道も見所ですので、下部フォトギャラリーは堂宇とそれぞれの参道をわけて掲載しています。

参拝客で賑わう江戸時代の江ノ島。1873年(明治6年)の廃仏毀釈や埋め立てのない、本来の霊場 江ノ島の姿。相州江之島弁財天開帳参詣群衆、歌川広重、19世紀。画像提供:東京国立博物館

江ノ島/江島神社 第5回 神仏の変遷、廃仏毀釈

神仏の変遷、廃仏毀釈。現在は国家神道の「江島神社」となっている江ノ島の神仏。しかし、これは江ノ島霊場1450年の長い歴史の中で、1873年(明治6年)以降の約140年のみです。それまでは千年以上「金亀山与願寺」という寺院であり、神仏双方が祀られていました。

江ノ島、稚児ケ淵と太平洋の眺望。魚見亭のテラスから。

江ノ島/江島神社 第4回 稚児ケ淵、岩屋

稚児ケ淵、岩屋。1450年ものいにしえ、古墳時代に霊場江ノ島が始まった場所。552年(欽明天皇13年)に欽明天皇がお告げにより神を祀り、平安時代となり814年(弘仁5年)弘法大師 空海が国家鎮守の祈願を行い、この岩屋に本宮を創建し金亀山与願寺となりました。

江ノ島、山二つにある中村屋羊羹店。1902年(明治35年)に創業された和菓子の老舗。大正時代に苦心の末、海苔羊羹を開発。数々の受賞歴を誇る銘菓となりました。

江ノ島/江島神社 第3回 奥津宮、山二つ

奥津宮。中津宮の参拝を終えて山二つへと向かいます。徐々に霊場らしい展望もみえてきます。中村屋羊羹店の銘菓、海苔羊羹と風情ある店構えをみながら奥津宮をめざします。

江島神社、中津宮。1996年(平成8年)に改修され、鮮やかな朱色が蘇りました。

江ノ島/江島神社 第2回 中津宮

第1回は江ノ電「江ノ島駅」から辺津宮参拝までをこなし、今回は辺津宮を出て中津宮参拝までです。中津宮は853年(仁寿3年)、最澄や空海とともに入唐した入唐八家のひとり、慈覚大師 円仁(えんにん・794-864)が江ノ島岩屋において弁財天のお告げを受けて建立しました。展望や周辺の歌碑、八坂神社も見逃せません。

参拝客で賑わう江ノ島の表参道。

江ノ島/江島神社 第1回 江ノ電「江ノ島駅」~表参道~辺津宮

欽明天皇13年(西暦552年)、岩屋に神を祀ったことから始まる霊場。修験道の開祖 役小角、弘法大師、日蓮、一遍など名だたる人物が修行の場としました。文覚が源頼朝の奥州戦勝祈願に弁財天を勧請してより「江ノ島弁財天」(金亀山 与願寺)として信仰され、明治の廃仏毀釈以降、金亀山与願寺から宗像三女神を祀る現在の「江島神社」となりました。

源実朝歌碑。鶴岡八幡宮境内の鎌倉国宝館前に建ちます。

源実朝歌碑

歌人として名高い第3代将軍源実朝の歌碑は鎌倉にいくつかありますが、この石碑は関東大震災で倒壊したニノ鳥居の一部を利用した最大のものです。

本瑞寺境内。小高い丘にあるため、背後は青い空。潮風香る穏やかな場所です。この地で催された源頼朝の観桜の宴はさぞ美しかったことでしょう。

本瑞寺

平安以来の武家の名門、三浦一族の菩提寺であり、源頼朝が三崎に建てた三御所の一つ「桜の御所」跡といわれています。本瑞寺は海に囲まれ温暖な三崎の小高い丘の上にあり、冬でも陽が射していれば暖かく感じるのどかな場所です。

新潮社刊、小林秀雄全集より

小林秀雄

日本近代批評の確立者といわれる小林秀雄は、批評というのは感性を広げてくれるのだと教えてくれた希有な存在です。

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