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臨済宗

大椿寺境内。右手は保育園になっています。ひっそりと侘しいお寺さんが好みですが、保育園の子供たちが無邪気に遊ぶ声を聞きながらの参拝もなかなかよいです。

大椿寺

源頼朝が三崎に建てた三御所の一つ。「椿の御所」跡に建つお寺です。頼朝はここにあった山荘に寵愛した妾を住まわせました。庭内は椿の花に埋もれる程であったそうです。頼朝の死後、妾は旭永に大椿寺を開かせ、自身は尼となり頼朝の菩提を弔い、三十余年の余生を送りました。

満昌寺本堂。静かな境内は平安以来三浦の地に勢力を誇った三浦一族のゆかりの風格を感じます。

満昌寺

平氏を滅ぼし、奥州を平らげ、征夷大将軍となった源頼朝は苦しい挙兵時に一身を捧げ、頼朝を助けよと一族を逃し一人衣笠城合戦に散った三浦義明の菩提を弔うために一堂の建立を発願しました。それが義明山 満昌寺です。

栄西坐像。

栄西

栄西。平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した臨済宗の開祖。鎌倉幕府の庇護を受け、寿福寺の住職となり、源頼家の庇護により京都に建仁寺を建立しました。

勇壮な建長寺の風情。

建長寺

北条執権政治の、そして武家政権が日本の中心となった象徴的なお寺さん建長寺。北条氏の力を背景に中国から蘭渓道隆を招き最先端の禅仏教、禅文化が花開き繁栄。広大な大伽藍を持ち、奥の半僧坊からは天園ハイキングコースへといくことができます。

本堂。左手から竹の庭に入っていきます。

報国寺

とても知名度の高い「竹寺」は浄明寺にある臨済宗のお寺さん報国寺。足利尊氏の祖父、家時が創建しました。報国寺の孟宗竹は高さも太さも立派。間隔や陽のさし具合など端正な風情あふれる竹林です。

明月院本堂から後庭園を望む明月院の象徴的な景色。

明月院

あじさい寺としてとても有名なお寺さん明月院。北鎌倉にあり、あじさいの季節には大変混み合います。院という名のとおり細長い谷戸に建っており、あじさいだけでなく紅葉は包み込まれているような見事なものです。

三門(三解脱門)。空・無相・無願を象徴しています。数多くの執着を取り払ってから、佛殿(涅槃・解脱)へと至るための門です。日頃の心構えを崩してみましょう。

円覚寺

鎌倉最大級の寺院。建長寺とともに鎌倉禅宗を代表する存在の円覚寺。蒙古襲来を撃退した8代執権北条時宗が双方の戦没者を追悼するために建立しました。歴史建造物や仏像、禅に触れる機会、花も紅葉も海の雰囲気以外は鎌倉寺散歩の要素はおおむね味わえます。

瑞泉寺本堂。紅葉ヶや谷と瑞泉寺の絶妙な風情がたまりません。

瑞泉寺

紅葉ヶ谷にある瑞泉寺は、鎌倉の魅力を詰め込んだようなお寺さんです。鎌倉宮からさらに二階堂を山に進んだところにあります。最も有名な紅葉のほか梅も見事、紫陽花や冬桜など季節毎に花や樹々を楽しむことができます。

本堂。流麗な屋根が印象的です。

浄妙寺

鎌倉を支えた港、六浦港へと至る六浦道(現金沢街道)沿いにある浄妙寺。頼朝の挙兵にいち早く協力し、重臣となった足利義兼が創建したお寺さんです。地名にもなっていることから往時の繁栄が想像できます。

寿福寺総門。何度訪れても寺の関係者を見かけたことがありません。本堂も公開されていません。かつて源義朝の屋敷があり、北条政子が源頼朝のために臨済宗の開祖・栄西に開山させたという鎌倉純度の高いお寺。ミステリアスな雰囲気です。

寿福寺

日本における臨済宗の開祖・栄西を北条政子が源頼朝のために招いて建立したというビッグネーム揃いのお寺さん寿福寺。中門から内側が非公開のため本堂などを見ることはできません。源実朝、北条政子、睦奥宗光、大佛次郎など著名人の墓が多くあります。

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