瑞泉寺

(ずいせんじ)

谷戸、仏、歴史、紅葉、花すべてが調和し、鎌倉の魅力が存分に味わえる名所

紅葉ヶ谷にある瑞泉寺は、鎌倉の魅力を詰め込んだようなお寺さんです。鎌倉宮からさらに二階堂を山に進んだところにあります。最も有名な紅葉のほか梅も見事、紫陽花や冬桜など季節毎に花や樹々を楽しむことができます。

エリア北東
住 所鎌倉市二階堂710
宗 派臨済宗円覚寺派
本 尊釈迦如来
創 建1327年
開 基二階堂道蘊、足利基氏(中興)、夢窓疎石(開山)
拝 観9:00〜17:00(入門16:30)/200円
札 所鎌倉三十三観音第6番
文化財等境内全体(国の史跡)、木造夢窓国師坐像(重文)など
アクセスJR鎌倉駅より徒歩35分、JR鎌倉駅より京急バス「大塔宮」下車徒歩15分

瑞泉寺本堂。紅葉ヶ谷と瑞泉寺の絶妙な風情がたまりません。

瑞泉寺本堂。紅葉ヶ谷と瑞泉寺の絶妙な風情がたまりません。

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足利尊氏の四男 基氏の建立。開山は夢窓国師

鎌倉の谷戸、山と寺院の魅力をすべて詰め込んだようなお寺さんです。全体の心地よい山深さとそれを絶妙に組み合わせた参道、開きすぎずに造られた境内、山を活かして植えられた木々などが醸し出す魅力は、寺院の多い鎌倉にあっても随一のものといえるでしょう。もっとも有名なのはこの一帯を紅葉ヶ谷というほどの紅葉と梅ですから、その季節には賑やかになります。

入口の門を過ぎるとすぐ、見事な梅の木がずらりと並んでいます。梅の庭園をすぎると本堂へと続く登りの参道が始まります。山に包み込まれたような気分にさせてくれるすばらしい参道です。この前置き、といいますか、心が静まる時間が道路に面したお寺さんではなかなか味わえない贅沢です。山門へと至り、本堂前の境内に入ってもすぐに本堂の全貌が見えないほど、見事な樹木が美しく立派に植えられています。

これらの絶妙な風情は、優れた作庭家としても有名な開山の夢窓疎石(1275~1351年)と重なります。美濃の永保寺、甲斐の恵林寺、そして有名な京都の天龍寺の庭園は夢窓疎石の手によるものであり、いずれも国の特別名勝などに指定されています。瑞泉寺の庭園は岩盤をえぐって造られた庭園です。永きにわたり埋もれていましたが昭和45年に発掘・復元されました。

瑞泉寺は鎌倉時代末期の1327年に創建され、最期の執権北条高時、後醍醐天皇、足利尊氏・直義なども夢窓疎石に帰依しました。夢窓疎石は、鎌倉~南北朝期に活躍した僧で、円覚寺、南禅寺、浄智寺、天龍寺などの住職を度々務め、南北両朝の帝から賜った国師は七つにもなり「七朝の帝師」と呼ばれたそうです。

足利尊氏の4男にして初代鎌倉公方の足利基氏が中興し、鎌倉公方の菩提寺として鎌倉五山に次ぐ関東十刹(じっせつ)の筆頭に列せられ、4代鎌倉公方の足利持氏による永享の乱まで盛んに興隆したようです。その後は勢いをなくしたとはいえ、現在までその形容を保ってきました。

また、瑞泉寺は五山文学の拠点として栄えた歴史から、文学や学問とゆかりの深いお寺さんといえます。境内には久米正雄の墓を始め、高浜虚子、久保田万太郎、吉野秀雄、大宅壮一、山崎方代、吉田松陰などの碑が建てられています。

『新編鎌倉志』(江戸時代につくられた元祖鎌倉ガイド)の記述

瑞泉寺(ずいせんじ)は、理智光寺の東北にあり。錦屏山(きんへいさん)と號す。關東十刹の内なり。源の基氏(もとうし)の建立なり。基氏を瑞泉寺玉岩昕公と號す。貞治六年(1367年)四月廿六日、卒去なり。開山は、夢窓國師、本尊は釋迦〔作者不知〕寺領三十八貫文を附す。圓覺寺御朱印の内なり。鶴岡の一の鳥居より、十四五町はかり有。

座禪窟

總門を入、右の方山際(やまぎは)にあり、夢窓國師の像、幷に源の基氏(もとうぢ)・同く氏滿(うぢみつ)の像あり。

開山塔

開山塔の後(うしろ)に大なる巖窟あり。夢窓國師の坐禪せし所なり。

偏界一覽亭跡(へんかいいちらんていのあと)

坐禪窟の上の山にあり。登る事十八曲(きよく)の坂(さか)なり。夢窓國師、此亭にての歌あり、云く、「前も又かさなる山のいほりにて、こずへにつづく庭(には)の白雪」。此外諸名僧の詩等多(をほ)し。左に記す。

『新編鎌倉志』瑞泉寺圖。

『新編鎌倉志』瑞泉寺圖。

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