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由比ヶ浜・材木座

かつて由比ガ浜の海岸線は一の鳥居あたりまであったそうです。無惨にコンクリートで埋め立てられてしまいましたが、海が近いこのエリアは、谷戸とは違うカラッとした解放感ある空気と鎌倉の歴史が融合した風情が楽しめます。寺院では鎌倉最大級の伽藍を持つ浄土宗の大本山・光明寺が控えます。海岸線の散策と合わせて楽しんでください。

由比ヶ浜・材木座地図
畠山重保邸跡と墓。一ノ鳥居の側、鎌倉駅に向かって左手の歩道にあります。石碑が1つ、石塔が2つあります。

畠山重保邸跡と墓塔

由比ケ浜に近い一ノ鳥居の側に石碑と宝篋印塔があります。名将畠山重忠の長男、畠山重保の屋敷跡/墓所といわれています。讒訴により謀反の疑いをかけられ、この場所で殺されました。

元禄からそのまま残る、鎌倉最大級の木造建築「大殿」をバックに桜が咲き誇ります。

光明寺の桜

鎌倉一の大伽藍を誇る浄土宗の光明寺。朝廷や家康にも尊重された大本山です。材木座にほど近く、潮風を感じながら鎌倉の静けさに触れられるお寺さんでもあります。

乱橋。川はなく、石碑と歴史だけが残ります。

〈鎌倉十橋〉乱橋

〈鎌倉十橋〉乱橋。大町四ツ角から海岸へと歩くと通り沿いに見えてきます。鎌倉へと攻め込んだ新田義貞と幕府軍が激しく攻防した場所です。

鎌倉十橋のひとつ、琵琶橋。若宮大路沿いにあります。

〈鎌倉十橋〉琵琶橋

〈鎌倉十橋〉琵琶橋。由比ケ浜へと向かう大路にあります。きっと昔は多くの人が通る橋だったことでしょう。

和田塚。小さな公園のようになっていて石碑がいくつか建てられています。

和田塚

和田塚。源頼朝亡き後、専制政治を目指す北条氏にとって最大のライバルであった三浦一族の支族として大きな力を持っていた和田一族。一族を率いた和田義盛は1213年(建保元年)、北条義時と戦い一族とともに敗死します。

日蓮上人像に化粧をするようにしてのびる桜。

長勝寺の桜

名越切通しに近い長勝寺は、立派な境内と本堂を持つ日蓮宗のお寺さんです。本堂前にある日蓮上人像と四天王像の手前に見事な桜が数本あります。左手の法華堂付近にも桜がありますが、こちらは例年本堂前のものよりは開花が遅めです。

明治時代に描かれた源為朝。魅力にあふれた怪物です。

〈鎌倉十井〉六角ノ井

〈鎌倉十井〉六角ノ井。身長2m超、切れ上がった眼に天下一の強弓。平清盛始め名だたる武将たちが怖じ気づいたという伝説の武人の矢が海を越えて刺さったといわれる井戸です。

干潮時にははっきりとその跡を見ることができます。

和賀江嶋

和賀江島は、光明寺の少し先にあります。鎌倉の内港として栄え、往時には宋からの船も停泊しました。鎌倉市と逗子市の境界に位置し、200メートルに渡って巨石が積まれています。

源氏と鎌倉の記念碑的史跡は、住宅街にぼんと佇んでいます。

由比若宮(元八幡)

由比若宮(元八幡)。平安時代に河内源氏、源頼義が前九年の役で東北に赴く際、この地に石清水八幡宮をお祀りしました。これを移して大きくしたのが鶴岡八幡宮、そのため元八幡といわれます。

道行く人の目を引く美しい洋館部分はかいひん荘鎌倉のシンボル。

かいひん荘鎌倉

せっかく鎌倉に泊まるなら趣あるところを選びたいもの。かいひん荘鎌倉なら文化財に宿泊し、相模湾の魚貝や湘南の野菜を楽しむことができます。

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