九品寺

(くほんじ)

新田義貞建立の寺院 鎌倉攻めの本陣地

鎌倉には珍しい新田義貞建立のお寺さんです。挙兵からわずか2週間で鎌倉を攻め落とした伝説的な名将の足跡に想いを馳せます。

エリア由比ヶ浜・材木座
住 所鎌倉市材木座5-13-14
宗 派浄土宗
本 尊阿弥陀三尊像
創 建1336年(建武3年)
開 基新田義貞、風航順西(開山)
アクセス鎌倉駅よりバス「九品寺」下車、徒歩2分

大町から材木座海岸へと至る道にあり、もう少しいくともうそこは海です。かつて眼前は大きな浜辺であったことでしょう。鎌倉には珍しく新田義貞が建立による寺院です。北条方の戦死者を弔うためだとされています。勝長寿院とともに義貞が鎌倉攻めの本陣とした場所ともいわれています。

新田義貞は河内源氏義国流新田氏の棟梁。鎌倉幕府を倒した人物として知られています。源義家の4男義国の長子、新田義重に始まる源氏の名門です。

1335年5月に挙兵した義貞は、わずか2週間で天然の要害鎌倉を攻め落とします。特に稲村ケ崎越えは世に広く語り継がれる伝説の奇襲作戦となっています。

創建の1336年というと、足利尊氏との対立が激化していた頃です。1335年12月に箱根竹の下の合戦で尊氏に敗れたものの、1336年には北畠顕家と合流し再び京都を奪い返し、尊氏は九州に逃れます。しかし、再度上洛してきた尊氏軍に敗れてしまい、12月には後醍醐天皇は吉野に逃れ朝廷は南北朝に分裂することになります。

尊氏に攻められた義貞は北陸に逃れますが尊氏方の追撃を受け、1337年篭城した越前金ヶ崎城が落城、なお抵抗を続けるものの1338年越前藤島(福井市新田塚)にて討死します。

本堂の「九品寺」の額は新田義貞の自筆を型どったものだといわれています。ひっそりとした境内は見事に剪定された松と春に咲くボケの花が印象的です。

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