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頼朝前夜

 飛鳥時代後期(7世紀後期)から始まった律令制下の鎌倉には相模国鎌倉郡が置かれ、現在、今小路西遺跡(御成小学校内)となっている場所に郡衙がありました。遺跡からは郡衙跡とみられる遺構や奈良時代の733年(天平5年)と記された木簡などが発見されています。陸路・海路ともに機能性が高い鎌倉は、律令制下より関東・奥州を鎮めるための要衝の地であり、8世紀前半頃に東国八か国の総追捕使として鎌倉に住んだ染谷時忠(生没年不詳)はその足跡を多く残しています。時忠は藤原鎌足の子孫といわれ、現在の由比ケ浜に屋敷跡があったことことから由比の長者といわれました。鎌倉最古の寺社である甘縄神明神社(710年)も時忠の創建です。平安時代後期になると桓武平家の当主、平直方(969-1053)が鎌倉に本拠地を構えます。この直方と頼朝の一族である河内源氏の祖、源頼信の関係からいよいよ鎌倉と源氏のなれそめが始まります。

鎌倉、河内源氏東国支配の拠点となる

 頼朝の一族河内源氏は清和天皇第6皇子、貞純親王の子である源経基(894-961)の孫、頼信(968-1048)を祖として頼義(998-1082)、義家(1039-1106)、為義(1096-1156)、義朝(1123-1160)と続き頼朝に至ります。敗死した為義義朝を除くと80歳前後という長寿の家系であることがわかります。頼朝が鎌倉に入る以前のこの時代、平家、源氏とも地方に勢力を築きつつ中央(京都)において活躍する在京の軍事貴族であり、日本の西を力の根源とした平家に対して、河内源氏は東国の武士団を膝下にまとめ勢力を張っていました。

 源氏と東国武士の関係は、房総に起こった平忠常の乱(1028年)を頼信が鎮圧したことに始まり、陸奥守・鎮守府将軍となった頼義による奥州安倍氏討伐、前九年の役(1051-1062)の頃には確固たる主従関係が築かれていたといわれており、その拠点となったのが鎌倉でした。頼信の時代、鎌倉を本拠地として関東に勢力を持っていたのは桓武平家の平直方でした。平将門以来の大乱となった平忠常の乱において討伐を命じられた直方は3年に渡って忠常を討つことができず、代わって追討使となった頼信が忠常を降伏させ坂東の桓武平家を配下に組み入れます。後に頼朝の帰趨を左右した上総介広常(上総氏)や千葉常胤(千葉氏)は忠常の子孫にあたり、この時からの源氏累代の家人であったわけです。

 直方は弓の達人として武勇の誉れ高い武人であった頼信の子頼義に自分の娘を嫁がせ、鎌倉を譲ります。以後、鎌倉は源氏における東国支配の拠点となっていきます。

 頼義は由比ケ浜に河内源氏の氏神である岩清水八幡宮を勧請し鶴岡八幡宮の元となった鶴岡若宮を創建(1063年)、義家は後三年の役にあたって源氏山において戦勝祈願を行いました。頼朝の祖父にあたる為義は、子の義朝を東国に預け上総氏などの有力武士団によって育てられた義朝は上総御曹司と呼ばれ、鎌倉市亀ヶ谷(現在扇ガ谷/寿福寺となっている場所)に館を構えました。

頼朝誕生

 義家の嫡子義親が反乱を起こし平正盛(清盛の祖父)によって討伐され、義家の死後は内紛も重なり源氏の勢力は減退し平家が台頭していきます。内紛を経て棟梁となった為義頼朝の父である嫡男義朝を東国に送り地盤固めを託します。義朝は房総半島、三浦半島、相模など南関東の有力武士団を固く組織し、下野・武蔵などに勢力を張る叔父の源義国とも同盟を結び、北関東をも勢力圏におさめていきます。力を蓄えた義朝は東国を長男の義平に託し再び京へと戻り活躍します。

 そしていよいよ「鎌倉」を創った鬼武者、源頼朝の登場です。源義朝の三男として平安時代末期の1146年(久安3年)尾張国熱田(現在の名古屋市熱田区)に生まれました。父は清和天皇を祖とする河内源氏(以下源氏)の棟梁、源義朝、母は熱田神宮大宮司藤原季範の娘、由良御前という武家の棟梁として申し分のない血筋。幼名は鬼武者です。父義朝は保元の乱(1156年)では崇徳上皇方についた父為義らと分かれ、平清盛とともに後白河天皇方として勝利し正五位下、下野守、左馬頭となります。

 このような父義朝の活躍のなか、1147年に生まれた頼朝は熱田神宮大宮司藤原季範の娘を母としたことから3男でありながら、嫡男として京で育ち1158年12歳で皇后宮権少進、1159年には上西門院蔵人、従五位下右兵衛権佐に任じられます。軍事貴族として順調な出世街道を歩んでいた頼朝にここで転機が訪れます。1160年に起こった平治の乱において父義朝平清盛らと戦い敗死。初陣した頼朝も捕らえられ伊豆蛭ヶ小島に流罪となり、挙兵する1180年(治承4年)までの20年間を過ごすこととなります。

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