甘縄神明神社

(あまなわしんめいじんじゃ)

鎌倉最古の神社 源氏とのゆかりも深い名所

奈良時代に遡る鎌倉最古の神社です。かの名僧・行基が草創し、源頼義、義家、頼朝の崇敬も集めました。

エリア長谷・腰越
住 所鎌倉市長谷1-12-1
主祭神天照大神
創 建和銅年間(708-715)
アクセス江ノ電「長谷駅」下車、徒歩5分

社殿。奥に本殿があります。

社殿。奥に本殿があります。

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行基の草創により染谷太郎時忠が710年、山上に神明宮を、麓に神輿山円徳寺開いたことに始まる鎌倉最古の神社です。行基は鎌倉最古の寺院である杉本寺も開いており(734年)、鎌倉最古の寺社はいずれも行基によって開かれています。

奥へと進むとぐっと迫力が増してきます。

奥へと進むとぐっと迫力が増してきます。

源氏とのゆかりも深く、源頼義は当社に祈願して義家を授かり1063年には修復を行いました。子の義家も1081年に修復工事を行ったといわれています。源頼朝の崇敬も篤く、文治2年(1186年)には社殿を修理し鳥居などを建てました。また、鎌倉幕府第8代執権 北条時宗は境内にある井戸の水を産湯に使ったといわれ、「北条時宗産湯の井」として残されています。

北条時宗産湯の井。

北条時宗産湯の井。

『吾妻鏡』にも随所に記述が見られます。このような感じです。文治2年には正月から参拝しています。

1186年(文治2年)正月2日、「夕方から雪が降る。頼朝と政子は甘縄神明宮に参拝された。御所への帰り道にある安達盛長邸にも寄られた」

1186年(文治2年)10月24日、「源頼朝は甘縄神明宮の宝殿に修理を加え、荒垣と鳥居を建てた。差配は安達盛長が行い、頼朝も自ら現場を監督した」。

1194年(建久5年)閏8月22日、「将軍家(源頼朝)は伊勢別宮の甘縄宮に参った。お帰りに安達盛長の家に寄られた」。

かつてこの地に安達盛長の屋敷がありました。現在は甘縄神明神社の境内にある石碑がそれを伝えています。

かつてこの地に安達盛長の屋敷がありました。現在は甘縄神明神社の境内にある石碑がそれを伝えています。

鎌倉に数ある寺社の中でも最古であり、スーパースター行基の足跡に源氏とのゆかりを感じることがこの神社の大きな魅力です。特に行基の名は1200年の昔に想いを馳せることができます。

天智天皇の御代668年に生まれ、749年(天平21年)に81歳で没した奈良時代の高僧、行基は、仏教の民衆への布教を禁じられた時代に初めてその禁をやぶり、民衆への布教活動を行いました。朝廷からの弾圧を跳ね返すほどの民衆からの支持を受け、日本初の大僧正となり聖武天皇の奈良大仏の建立の責任者となるなど活躍しました。全国各地を歩き、民衆のための布教に尽くしたため日本各地に行基の足跡が残ります。甘縄神明神社もそんな行基の足跡の一つなのです。

境内には北条時宗の産湯となった井戸や、安達盛長邸跡もあります。鎌倉の谷戸に抱かれた静かな境内は鎌倉らしい魅力に溢れた場所といえるでしょう。

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