大江広元
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大江広元
(おおえ ひろもと 1148-1225)
鎌倉の懐刀ともいうべき伝説的政治家
式部少輔大江維光の子、中原広季の養子となる。鎌倉幕府政所初代別当。幕府創設に大きく貢献した文官御家人。その活躍は伝説的ともいえる。京都貴族として朝廷に仕え1183年(寿永2年)頃、兄中原広季に続いて頼朝に仕えた。文官のトップとしてあらゆる政務に重要な役割を果たす。1185年(文治元年)の守護・地頭設置という献策は世に有名。頼朝死後は北条氏に協力し幕府の体制強化に努めた。1216年(建保4年)病となり出家した後も幕政に重きをなし北条泰時の時代まで活躍した。承久の乱においては朝廷との一戦に慎重な姿勢をみせる御家人たちに対し強硬に一刻も早い出兵を主張し、鎌倉を勝利に導いたとされる。子の毛利季光は戦国大名毛利氏の祖といわれる。