見桃寺

(けんとうじ)

源頼朝、三崎三御所の一つ「桃の御所」跡に建つお寺

平安以来三浦一族が治め、三崎水軍の本拠地であった三崎は風光明媚の地として愛されてきました。鎌倉幕府を開いた源頼朝もこの地に御所を建てよく来遊したと記録されています。見桃寺は頼朝が建てた三崎三御所のうち、「桃の御所」跡といわれる場所にあります。

エリア三浦市
住 所三浦市白石町19-2
宗 派臨済宗妙心寺派
本 尊聖観世音菩薩
創 建1616年
開 基向井政綱、玄虎(開山)
札 所三浦三十三観音霊場第2番、三浦七福神(桃林布袋尊)
アクセス京急「三崎口駅」より三崎港行きバス「三崎港」下車、徒歩10分

紫陽山 見桃寺。三崎の相模湾を望む場所にあります。源頼朝が三崎に建てた三御所のうちの一つ、「桃の御所」の跡地といわれています。

紫陽山 見桃寺。三崎の相模湾を望む場所にあります。源頼朝が三崎に建てた三御所のうちの一つ、「桃の御所」の跡地といわれています。

古来から愛された風光明媚の地、三崎

三浦半島の最西南端に位置する三崎は古来から知られた風光明媚の地です。平安以来、戦国時代に三浦義同が後北条氏に攻め滅ぼされるまで三浦一族が治めました。穏やかな海を眼前に気候は温暖、現在は多く埋め立てられてしまいましたが、設えられたかのように美しい海岸線もちょうど見桃寺の前あたりには残っています。

見桃寺は江戸時代に入りこの地を治めた水軍の将、三崎船奉行・向井政綱が1616年(元和2年)に建立したお寺。境内墓所には向井一族の墓碑が残されています。三崎の相模湾側にあり、本尊の聖観世音菩薩は三浦三十三観音の第2番となっています。また、三浦七福神の布袋尊も安置されています。

源頼朝と三崎の三御所

鎌倉にある源頼朝の大倉御所から三崎へは国道134号を下り約28km。歩いていくと朝出て夕方には到着する距離ですから、別荘としてはとても使い勝手がよかったでしょう。

源頼朝は三崎に3つの御所をつくったと伝わります。椿の御所、桃の御所、桜の御所の三御所です。三崎の三御所と呼ばれています。椿の御所は北条湾を挟んで大浦側にある現在、大椿寺となっている場所にあったといわれています。桃の御所は相模湾側、歌舞島と呼ばれた付近、現在の見桃寺にあたります。桜の御所はその中間、現在本瑞寺となっている場所にあったそうです。

『吾妻鏡』に登場する三崎御所

鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』にも三崎御所の記述が幾度もあらわれます。いくつか抜粋します。

1194年(建久5年)閏8月1日「頼朝は一条高能を伴って三浦に渡った。三崎の津に山荘を建てるためである。足利義兼、北条時政以下多くの御家人が従い巷に溢れたという。頼家、政子、大姫らも追って訪れた。」 同年9月6日「頼朝は三浦三崎の別荘を訪れた。小笠懸の勝負が行われた。」

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