妙法寺

(みょうほうじ)

日蓮が開いた古刹。徳川将軍家・御三家、肥後細川家にゆかり

第11代将軍徳川家斉が度々訪れ、徳川御三家、肥後細川家の崇敬と庇護を受けた日蓮宗のお寺です。松葉ヶ谷草庵跡とよばれる場所のひとつ。中興開山、護良親王の子、日叡が諸堂を創建しました。

エリア大町・小町
住 所鎌倉市大町4-7-4
宗 派日蓮宗
本 尊一塔両尊四師
創 建1253年、1357年
開 基日蓮、日叡(中興開山)
アクセス「鎌倉駅」下車、徒歩18分

妙法寺、苔の石段。ここに立つことは、歴史と自然の静寂を感じる至福の時です。

妙法寺、苔の石段。ここに立つことは、歴史と自然の静寂を感じる至福の時です。

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悟りを開き立教開宗した日蓮は1253年(建長5年)、布教のため鎌倉へと入ります。その際に最初の草庵を結んだ場所が妙法寺のあるあたりで、松葉ヶ谷草庵と呼ばれました。松葉ヶ谷草庵と伝わる場所は妙法寺を含め周辺に3か所あり、妙本寺安国論寺長勝寺です。

妙法寺の創建は、このゆかりに従い日蓮が松葉ヶ谷草庵を結んだ1253年、開山は日蓮ということになります。しかし、実質的に寺格を整備したのは後醍醐天皇の子、倒幕の雄として非業の最期を遂げた護良親王の子、日叡です。

1357年(延文2年)、日叡は父護良親王の菩提を弔い日蓮を偲び伽藍を整備し、自身の幼名、楞厳丸(りょうごんまる)を山号として妙法寺を創建しました。日叡、護良親王の墓所も境内にあります。

江戸時代に入ると日応、日慈が寺門興隆に尽くし大いに繁栄しました。第11代将軍徳川家斉はじめ将軍家、徳川御三家、肥後細川家などの崇敬を集めるまでに至ります。現在の本堂は肥後細川家により建立され、総門、仁王門、法華堂が朱塗りとなっているのは将軍家斉を迎えるためです。明治中頃までは将軍のための御成の間があったといいます。

こうした様々な高家のゆかりは知性を刺激してくれます。しかし、妙法寺の魅力はこれらを踏まえた上で、我々を日常とは別の世界へと連れて行ってくれる静寂です。歴史が育んだ静けさに圧倒されるといった感覚です。

別名苔寺といわれる境内の苔むした階段は保護のため別の階段を利用するようになっており、苔は美しく保たれています。仁王門から苔の階段を眺める景色は時が止まったかのような深い幽玄な世界です。近代的な醜い建物は一切視界に入らず、これが中世から変わらぬ姿を保った景色なのだろうと想像します。

妙法寺のご住職は静けさを何より尊重されています。観光ガイドなどへの掲載は遠慮され、参拝者にも静かな行動を願う案内板を設置しています。一度いけばその意味がわかります。静かに、静かに、何よりも静かに。これがなくては御仏にも歴史にも思いは至らず、鎌倉の魅力もまた伝わりません。

12月第2週~3月中旬と7月第2週~9月中旬までは土日祝日しか拝観できません。拝観時間は9:30~16:30です。

妙法寺フォトギャラリー

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