本蓮寺

(ほんれんじ)

源頼朝、日蓮ゆかりの寺院

江ノ島詣の参道、片瀬の旧道に位置する本蓮寺。1400年以上の歴史を持ち、源頼朝、日蓮、西行、宗尊親王にゆかりのある歴史的な古刹です。

エリア藤沢・江ノ島
住 所神奈川県藤沢市片瀬3-4-41
創 建595年(推古天皇3年)
アクセス江ノ電「江ノ島駅」、湘南モノレール「湘南江ノ島駅」もしくは「目白山下駅」」下車、徒歩5分。小田急「片瀬江ノ島駅」下車、徒歩10分

江ノ島詣の旧道から望む本蓮寺。緑がきれいです。背後の山の向かい側が龍口寺です。

江ノ島詣の旧道から望む本蓮寺。緑がきれいです。背後の山の向かい側が龍口寺です。

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1400年超の歴史を持つ寺院

遠く595年(推古天皇3年)、義玄和尚により開山され、1184年(元暦元年)源頼朝が源立寿寺として再建しました。その後、1304年(嘉元2年)日秀が日蓮宗に改宗しました。霊場としての歴史の古さでは552年(欽明天皇13年)にゆかりを持つ江ノ島とともに鎌倉・江ノ島地域でも屈指のものがあります。

鎌倉殿駒牽(こまつなぎ)の松
1185年(文治元年)源頼朝の父、義朝の遺骨が朝廷から届けられ頼朝はこの地において受け取り、本蓮寺において供養したといわれています。現在はありませんが、その時頼朝駒を繋いだ松があったとされ、鎌倉殿駒牽(こまつなぎ)の松と呼ばれていたそうです。

日蓮龍ノ口法難のゆかり


1271年(文永8年)、龍ノ口法難を逃れた日蓮が本蓮寺において休息したといわれています。

西行もどり松


その昔、本蓮寺門外に見事な松があり、西行もどり松と呼ばれていたといいます。現在ではその故事に由来して再現されています。 水戸光圀編纂による『新編相模国風土記稿』にはこうあります。「土俗は戻松と呼べり、本蓮寺の門外大路の傍に在り、枝葉西方に指す、往昔西行此地に来たり都の方を見返り、此枝を取て西方に押ねげむけたり、故に此名ありと云ふ」

宗尊親王歌碑


皇族で初めて鎌倉幕府の将軍となった第六代将軍宗尊親王の歌碑があります。後嵯峨天皇の長子であったが母方の身分が低く、寵愛していた後嵯峨天皇が将来を憂い、1252年(建長4年)鎌倉に迎えられます。しかし、1266年(文永3年)謀反への関与が疑われ北条政村・時宗によって解任され京へと送還されることとなります。その際、本蓮寺に参籠し歌会において残した歌が碑となっています。「帰り来て 又見ん事も 固瀬川 濁れる水の すまぬ世なれば」。

鎌倉の範囲が広がったといわれる鎌倉時代後期には、本蓮寺の西を流れる境川までが鎌倉であったそうですから、本蓮寺はまさに鎌倉の西端に位置する重要な古刹であったでしょう。

江ノ島詣の旧道に佇む古刹/龍口寺輪番八ヵ寺の一つ

江ノ電江ノ島駅前を横切る道は江ノ島詣の旧道です。そのため、寺社や道標など史跡が多くあります。この旧道を本蓮寺へと至るには江ノ島駅を降りたら江ノ島と反対方向に進みます。4、5分歩くと北条時宗が誅殺した元の使者の供養塔がある常立寺があり、すぐに本蓮寺がみえてきます。本蓮寺、常立寺ともちょうど山を挟んで龍口寺と隣接しています。本蓮寺、常立寺ともに1337年(延元2年)から1886年(明治19年)まで550年に渡り日蓮の霊跡である龍口寺を守った龍口寺輪番八ヵ寺の一つです。

本蓮寺フォトギャラリー

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