十一人塚

(じゅういちにんづか)

攻め寄せる新田勢を押し返した鎌倉方

鎌倉を包囲した新田義貞の軍勢は3手に分かれ鎌倉に攻撃を開始します。極楽寺坂においても激戦となり、新田勢の大将大館宗氏はここで討ち取られました。

エリア長谷・腰越
住 所鎌倉市稲村ケ崎1-453
アクセス江ノ電「稲村ケ崎駅」下車、徒歩1分

十一人塚の石碑。

十一人塚の石碑。

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1333年(元弘3年)5月19日、鎌倉へと攻め寄せる新田義貞軍は極楽寺、化粧坂、山ノ内の三方から攻撃するものの鎌倉の固い守りを崩す事ができませんでした。新田勢極楽寺方面の総大将を務めた大館宗氏でした。対する鎌倉方は北条貞直。笠置にて後醍醐天皇を下し、楠正成の赤坂城を落とした名将です。

戦いの序盤、新田勢は鎌倉勢を押し込みますが、貞直の家臣である本間山城左衛門が猛反撃。大将の大館宗氏を討ち取ります。討ち取られた大館宗氏と11人の部下の遺体はここに埋められ十一面観音の像を建てて鎮魂したと言われています。

稲村ケ崎駅を降りたら極楽寺方面にある道に出て、海岸に向かって少し歩けば左側に見えてきます。

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