法性寺

(ほっしょうじ)

日蓮ゆかりの聖地にして日朗の墓所。

1260年(文永元年)10月、日蓮聖人が松葉ヶ谷草庵の焼討ちにあった際、白猿が日蓮をこの地まで導いたといわれています。日蓮六老僧の一人、名僧日朗の墓所でもあります。

エリア逗子
住 所逗子市久木9-1-33
宗 派日蓮宗
本 尊不動明王
創 建1219年
開 基北条泰時
札 所鎌倉三十三観音第21番
アクセスJR「逗子駅」下車。徒歩20分

法性寺本堂。右手の道は日蓮廟所、大切岸、名越切通しへと続いています。

法性寺本堂。右手の道は日蓮廟所、大切岸、名越切通しへと続いています。

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 多くの伝説を持つ日蓮宗の寺院。1260年(文永元年)10月、日蓮が松葉ヶ谷草庵の焼討ちにあった際、白猿が日蓮をこの地まで導いたといわれています。白猿は山王神のおつかいであり、山を登った本堂の側に山王様が祀られています。名越切通しの法性寺へと出る少し手前に松葉ヶ谷法難において日蓮がこの道を通って逃げのびたと書かれた石があります。名越切通しを抜けてこの地まで逃れたのでしょう。さらに、日蓮六老僧の中でも最も日蓮と行動をともにした名僧日朗の墓所でもあります。

 鎌倉方面から歩く場合、最もおすすめは名越切通しを使った道順です。鎌倉駅から大町を越え名越踏切を過ぎたらすぐに左方面、線路沿いに進んでください。途中、日蓮乞水をみつつ山へと向かうと名越切通しに入ります。切通しで鎌倉の歴史と自然を満喫しつつ歩けば法性寺に出ます。

 名越切通しに入らず名越踏切を越えてそのまま名越坂をあがり名越トンネルを抜けてしばらく歩き、左手の踏切を渡るとすぐ左手に法性寺がみえてきます。

 逗子駅から歩く場合、表側の出口でもいけますが、法性寺のみを目的とする時は裏側の出口の方がわかりやすいです。裏口を出たら線路沿いを鎌倉方面へとひたすら歩いてください。20分ほどで見えてきます。

 法性寺参拝をより意義深くするため、六老僧について触れておきます。

 六老僧とは日蓮の高弟六人を指します。1282年(弘安5年)10月8日、池上宗仲邸に療養していた日蓮は死を悟り、多くの弟子の中から法華経の法燈を継ぐものを定めました。これが日昭、日朗、日興、日向、日頂、日持の六人であり、「六老僧」「六上足」「六長老」などといわれます。さらに「中老僧」として十二名が定められました。

 続いて法性寺に眠る日朗です。

 日朗は1245年(寛元3年)、平賀有国の子として千葉に生まれました。1254年(建長6年)に日蓮の弟子となり1260年(文応元年)に正式に出家したと伝わります。

 常に日蓮の側にあって給仕奉公し給仕第一の日朗をいわれました。日蓮が龍ノ口法難に遭った際には共に捕らえられ、現在の鎌倉光則寺にある土牢に幽閉されました。日蓮が佐渡流罪を許された際には、日朗が赦免状を持って佐渡へ日蓮を迎えに行きました。

 日朗は池上本門寺、妙本寺、本土寺(松戸)の「三本三長」と呼ばれる寺院を開き、日朗門下の三大拠点として弟子の育成に努めました。

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