満福寺

(まんぷくじ)

鎌倉でも最も古い寺院のひとつ。義経が腰越状を書いた歴史的寺院

平家打倒の立役者でありながら、兄・頼朝の怒りを買って鎌倉入りを許されなかった義経が滞在したのが満福寺です。このお寺さんで義経は腰越状を書きました。また、満福寺は鎌倉でも最も古い寺院のひとつです。

エリア長谷・腰越
住 所鎌倉市腰越2-4-8
宗 派真言宗大覚寺派
本 尊薬師如来
創 建744年
開 基行基
文化財等腰越状など

海からの爽やかな潮風が吹き抜ける満福寺境内。

海からの爽やかな潮風が吹き抜ける満福寺境内。

満福寺は源義経が腰越状を書いたお寺さんとして有名です。平家を討ち滅ぼした大ヒーロー義経でしたが兄・頼朝の怒りを買い、歴史に残る武功をたてつつも鎌倉入りを許されないという事態となりました。鎌倉に入れない義経は満福寺に滞在し、兄・頼朝に許しを請うため切々と嘆願文を記しました。それが腰越状であり、満福寺にはその下書きが残されています。

結局義経は鎌倉入りを許されず、京都に戻り、奥州へと逃げ、最期は首だけの姿となってこの満福寺に戻ってくることになりました。満福寺には腰越状の他にも弁慶の手玉石や弁慶の腰掛石、義経手洗いの井戸など義経にまつわる旧跡が多くあります。

満福寺には鎌倉から歩くと小動の交差点を右折してすぐ、江ノ電腰越駅からは海の方向に少し戻って左手です。曲がり角に満福寺が営業している茶房・宿坊「義経庵」の看板などがあり、“生しらず”などと書かれているためにカジュアルな感じかなと思ってしまいますが、実は鎌倉でも指折りの古仏地です。行基菩薩が744年に創建したと伝えられていますから、同じく行基菩薩によって734年に創建された杉本寺と勝負できる数少ない寺院です。

江ノ電でいく場合、腰越駅からは海沿いを歩かないので、一駅手前の鎌倉高校前駅から海沿いを歩いて、小動神社→満福寺というルートも気持ちの良い道です。距離もさほどありません。

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