近殿神社

(ちかたじんじゃ)

三浦一族第6代当主、三浦義村を祀る

「ちかたじんじゃ」と読みます。源頼朝の挙兵から第3代執権北条泰時の時代まで活躍した三浦義村を祀ります。鎌倉幕府において北条氏と肩を並べる大勢力でした。

エリア横須賀
住 所神奈川県横須賀市大矢部1丁目9−3
主祭神三浦義村
創 建不明
アクセスJR「衣笠駅」下車、衣笠十字路より野比行バス10分「満昌寺前」下車、徒歩5分

近殿神社。三浦義村を祀ります。義村は源頼朝挙兵から第3代執権北条泰時の時代まで活躍した鎌倉幕府最重要人物のひとり。三浦の地に栄えた三浦氏の6代目当主です。

近殿神社。三浦義村を祀ります。義村は源頼朝挙兵から第3代執権北条泰時の時代まで活躍した鎌倉幕府最重要人物のひとり。三浦の地に栄えた三浦氏の6代目当主です。

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近殿神社は、この地を治め鎌倉幕府の大勢力であった三浦義村を祀ります。 三浦氏は桓武天皇の孫、高望王が平高望と平性を名乗り、その子平良文の曾孫、平忠通の子、三浦為通より始まります。

源頼朝から遡ること4代、源氏の棟梁源頼義(988-1075)とともに前九年の役を戦った村岡(三浦)平太夫為通はその功により1063年(康平6年)源頼義より三浦の地を与えられ三浦姓を名乗り、衣笠城を築きました。ここから関東における三浦氏の繁栄は始まり源氏の臣下として活躍することとなります。

近殿神社に祀られる三浦義村(?-1239)は、祖父三浦義明、父三浦義澄とともに源頼朝挙兵に従い、治承・寿永の乱を通じて数多くの功をあげました。源頼朝亡き後、北条時政義時親子によって畠山重忠比企能員和田義盛など有力者が次々と滅ぼされる中、策略を駆使し第3代執権北条泰時の時代まで北条氏と肩を並べる大勢力として君臨し続けます。

三浦一族の史跡が多く残る神奈川県横須賀市大矢部の地にあり、通りを挟んで清雲寺と反対側あたりにあります。すぐ側には義村の父義澄が眠る薬王寺跡、近くには満昌寺衣笠城址などがあります。

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コメント

  1. 鈴木 青史
    非常にわかりやすい解説に感謝申し上げます。 これからもよろしくお願いします。

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